海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

イヤミスの真骨頂!第六回本屋大賞受賞作|『告白』湊かなえ

特に用事もなかったのですが、今週有給を一日取りました。ところが、どうしたことか前日夜から寝つきが悪くどうしても眠れず、そういう時は読書をしようと午前2時ごろから手に取ったのが本作。まあ当然ですが余計に眠れなくなり、本作読了し、朝の7時に就寝しました。無駄な時間の使い方ですが、贅沢なひと時でありました。


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以前ネットフリックスで映画を見て、インパクトがある作品だなあと感じていました。その後書籍で買ったのですが、本屋大賞受賞作というのは知りませんでした。

あらすじ(裏表示から)

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」
わが子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」 と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議をかもした、デビュー作にして、第六回本屋大賞受賞のベストセラーがついに文庫化!

 

 

ひとこと感想

語り手が入れ替わり、異なる切り口が提供されることで、広がりのある作品となっていると感じます。

5章だてで人の視点で語られるのですが、それぞれの視点はどれも真実らしく、でもちょっと嘘っぽくも感じるものでした。なお、その語り手は、教師(森口先生)、級友(委員長:美月)、母親(少年Bの母)、少年B(直樹)、少年A(修哉)。

 

読んでで気持ちよくないのが気持ちいい?

さて、湊氏の作品でよく言われるイヤミス、そしてゆがんだ母子関係。本作でもこれらのテーマはしっかりと組み込まれており、今回も気持ち悪いところが気持ちいい?感じでした笑

子供を殺害された森口先生の学年最後の日に語る教壇でのあいさつは怖かった。先生の冷静さを保ちつつ、せつせつと理知的に事件を振り返り誰が娘を殺したのかを語るのですが、語りがやはり普通じゃありません。どこかでネジが外れたかのような狂気を含んでいます。そもそも殺人について生徒の前で語るというのが普通ではありませんよね。映画では松たか子さんが教師役を熱演ならぬ冷演?されていました。

母子関係ということですと、犯人Aとその母親、犯人Bとその母親、どちらの関係も歪でありました。

犯人Bと母親の関係は、母親の価値観押し付けパターンでしょうか。理由の説明もなしに「○○はこういうものだ」みたいな断定的固定的な価値観を子供だけでなく周囲に押し付ける親。いわゆるモンペ的なタイプで、今でいうところのエンパシーとか共感力がないタイプ。こういう親が同居するところで引きこもりになり、次第に毒されていった少年Bは最終的に母子ともども崩壊。。。

犯人Aと母親の関係はどちらかというとA少年の一方的マザコン的な建付けに見えました。周囲に認められたい、なかでも、離婚して東京で働く母親に認知してほしい・褒められたいという自己顕示欲が起こしたのが今回の事件の発端となっているように思います。最終的に少年Aも理想の母親像が崩壊し物語が終了しますが、その後どうなったのかが少し気になるところです。

 

おわりに

ということで、すごい話でした。

小説も映画もどちらも面白かったと思います。ただ、巻末で中島哲也監督が語るように、映画と原作では少し構成が異なります。その点では名前は同じでも別な料理であると思います。どちらも特徴があり、美味しく頂くことができました。

学園もの、ミステリ、イヤミスなどを鑑賞したい方にはお勧めできる作品です。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/10/26

教科書が語らない”意図”を一緒に考えてくれる本 | 『「なぜ?どうして?」をとことん考える高校数学』南みね子


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数学を放棄した過去

「数学が苦手だから文系、というネガティブな選択はやめた方がよいと思います」

今年の夏に、息子の担任と面談をしていただいた際の一言。

「そ、そうですね」

と言いつつ、冷や汗。・・・親であるの私も30年前にはその口で文系を選んだわけですから。

 

いやあ高校進学当初は結構頑張っていました。でも高校1年?の進路相談で色弱の事を指摘され、理系を選んでも大学卒業後の就職は厳しいとの話でした(当初は理系・化学に行きたいと考えていました)。また、数学教師のカワサキさんという方とどうしてか衝突し、途中から数学は完全放棄したのでした。その後点数は右肩下がりならぬ、直下。

 

数学をキチンとやってないという負い目

で、結局文系。

しかしですよ、数学はやっぱ大事なんじゃないかというのは、世で言われる以上に頻繁に体感してきました。というか高校を卒業してからも数学がまあ周りでよく出てくること。

まず大学で集合論みたいなものにぶち当たりました。哲学専攻でしたが、論理学では裏とか逆とか対偶とかそういう操作の訓練をさせられました。よく単位が取れたものだと今となっては驚き。

大学院時代も何でかアマルティア・センの本を購入したのですが、確率統計とかの話が多く挫折を繰り返し、積読すること25年(はやく売れや)。

就職後も金融系で働いているということもあり、証券アナリストという資格も取りましたが、分散、共分散、標準偏差とか、不完全燃焼感満載のままテストだけパスした体で今に至ります。ブラックショールズモデルとか出てきて、理解しなくてもいいとか言われるのですが、だったら教科書に載せないでって感じです。

 

そんな過去のことを思い返しつつ、先生との面談後、息子には何とか数学もきちんと勉強してもらいたいと、自分を棚に上げて諭してみる。

「数学もさあ、将来ことを考えると、やっぱやった方がいいんじゃね?」

おいおい、友達かよ。なんだその弱腰は!?

 

・・・こうしたこともあり、今さらですが数学アレルギーを直したく思い、学びなおしを望むものです。で、Amazonでなかなかに評判だった本を取るに至りました。

 

筆者の誠実さに心打たれる

長い前置きでしたが、本作、非常に共感するところ大でした

数学の本というより、数学の先生のエッセイという感じ。筆者が中学高校くらいから感じていた教科書の語らない意味とか意図とかを、彼女なりに類推したりした呻吟する歴史がつづられています。

 

例えば、中学は自然数有理数が大半でしたが、高校では無理数が導入されたり、ルートにマイナスが付いたり、もう数の拡張の仕方がえげつない。前に言ってたことと違うじゃんかと叫びたくなったのは筆者だけではないはず。こうした宗旨替えについては教科書はその意図を大抵語らないのです。筆者によるとこれは、数を数直線で表現する、その線上の点を数で表現する、場合によっては一本の数直線から離れた二次元世界を表現する等、様々な数を表現するために数の概念が拡大されてくるという。私が書くといまいちですが、本文ではなるほどなあと感じられる話でした。

 

あるいは、サイン、コサインとか何なの?意味わかんね!とか思いませんでしたか。私は思いました。筆者も感じたようです。ただ計算するだけでなく、その意味・背景を知りたいと。本作読後、私はこう理解しています。三角関数とは、三角形を四象限のグラフで表現しかつ回転をさせる等する際に、角や辺やそれらの割合を使い、座標点以外の表現方法として導入されたようだと理解しました。

 

そんな誠実な筆者の歩みですが、残念ながらよく理解できない部分もやはりありました。私の場合微分積分はやっぱりよくわからなかった。。。そしてベクトルも微妙に腑に落ちない。。。くぅー。

でも、大分もやが取れた感じがあるのです。わかるという感覚、その喜びが体を走ります。

 

おわりに

ということで、読んでいるだけで筆者の真摯な人柄がダイレクトに伝わってくるよい本でした。もし高校生で数学が嫌いになりかけている子がいたら試しに読んでみてほしいなあと思います。

あとがきによるとできれば高校教科書を読んでみてほしいとのこと。散々こき下ろしたくせに、最後に「それはそれでやっぱりよくできている」と。

教科書をもう一度読んでみて、そのご本作を再読したく思います。

 

評価     ☆☆☆☆

2022/10/24

ドラマの絵が頭から離れない|『危険なビーナス』東野圭吾

今回もムスコ文庫から拝借。

ちなみに、うちの子はいまいち本を大事にしない?ので、たまにカバーやページが水(雨)でヨれたり、本の四隅が少し折れていたりするのですが、あれが個人的とっても許せないんです笑 私はA4の裏紙とかで文庫本のカバーを作ったりしてきれいな状態で古本屋に売るのが信条だったんですが・・・。


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↑ こういう、ヨレヨレにするのが嫌なんです。私の本でもないですが。。。皆さんどう思います!?

ひとこと感想

東野圭吾氏の作品にはいつも驚かせられます。後半部のツイストもさることながら、やはりその画力、映像力には驚かされます。作品を読むと、いつも絵が思い浮かびます。

 

ただし、今回はTBSの日曜劇場でのドラマ化のパワーが、書籍を圧倒したように思います。

www.tbs.co.jp

 

あらすじ(裏表紙から)

独身獣医の伯朗のもとに、かかってきた一本の電話――「初めまして、お義兄様っ」。弟の明人と最近、結婚したというその女性・楓は、明人が失踪したと言い、伯朗に手助けを頼む。原因は明人が想像するはずの莫大な遺産なのか。調査を手伝う伯朗は、次第に楓にひかれていくが。恋も謎もスリリングな絶品ミステリー。

 

 

ドラマでの印象が強い

ということで、先にドラマを見ていたもので、本を読んでもドラマの絵しか思い浮かびません笑 

 

主人公の伯朗は三十代半ばの独身貴族ですが、ちょっとむっつりスケベな獣医さんで、ペットの飼い主や会う人会う人、決して口に出さないまでも下心いっぱいで見つめます。やれ胸がデカそうだとかそういう類の類推。男性諸氏は心当たりがあるかと思います笑 作中ではその心情がト書きのごとく表されています。ドラマでは妻夫木聡さんが、このあたりのむっつりさ加減をコミカルに演じます。

 

もう一人、弟の嫁を名乗る楓。小説では空気読まないちょっと「変わった」感じの女性として描かれています。本を読む限りは、すこし変わっているけどむしろその奥に潜む芯の強さが感じられる女性という印象。こちらはドラマでは吉高由里子さんが演じます。ドラマを見たときは、役柄か彼女自身のイメージか、ズレた感(お花畑?おバカキャラ的?あるいは演技が下手なのか!?)が気になり微妙な配役かもなあと思ったのですが、原作を読むと非常に納得感のあるキャスティングであると感じました。

 

読書の良さ

ドラマはドラマでよかったのですが、終盤のクロージングが非常に駆け足だった気がしました。従い、鑑賞後に結局誰が悪者だったのか私はすぐに忘れてしまったのですが、今回本作を読むことで改めて事件の建付けがどうなっていたのかをじっくり理解することができました。

 

おわりに

ということで、相変わらず面白い東野作品でした。ガリレオシリーズもよいのですが、それ以外も偶にはいいですね。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/10/22

子供向け職業図鑑、大人が読んでも噛み応えあり | 『新13歳のハローワーク』村上龍


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昔の自分を思い出す

実はこの本、2000年頃の初版も買いました。

その当時、新卒でITエンジニアになった私は、3カ月間の研修を経てシステム開発現場へ放り込まれました。IT、といっても華やかなものではなく、窓の一切ない空調の管理された部屋で、自分の年よりも古いプログラムの修正をアセンブラという今では殆ど見かけない言語で行っていました。

 

学びは大いにあり、それなりに(というか大分)忙しく、そんな中でも会社が課した資格試験に着実に受かっていく同期や先輩が多くいました。一方私は資格試験は大分落ちました。ああ、やっぱりに「好き」にはかなわないときっと感じたのでしょう、そうした時分にこの本を買ったのでした。

 

いわば職業図鑑

今回、主に子供のために、新版(といっても今から10年以上前の発売ですが)をこうして手に取りました。改めて多くの職業が世の中にあることに驚きます。マタギとか、ひな鑑定士とか、プロレスラーとか。50歳近い私にも何か新たな挑戦ができるやも、とついつい自分目線で読んでしまいます。

 

本作の良いところは、先ず、国語や社会など学校の教科ごとに職が分類されていること。想定読者である学生に、学校での体験から職業がイメージできるように工夫してあるところです。ちなみに上記のマタギは理科、ひな鑑定士も理科、そしてプロレスラーは当然ですが体育の教科にカテゴライズされていました笑

 

また、本作は職に就くことの難しさや具体的な就業人口の数なども折に触れて紹介しています。原則募集は行わない職や、アルバイトとして非正規雇用から始めないと道が開かれないとか。また人数という観点ではプロサッカー選手の数が約1000人とか、競艇選手は約1500人とか。税理士の有資格者は7万人強、公認会計士のそれは2万人ほど。人数なんかは、都道府県数の47で割ってみて、一つの県で平均何人くらいのライバルがいるのかとか、各所から参照数字を持ってきて割ったりかけたりすることで、想像やイメージを膨らますことができます。

 

そのほか、ところどころで挿入されているエッセイもまた読み応えがあり面白かったです。小説家をはじめいくつかの職は偶然に就くものと語る「小説家の誕生」、マーケティングやセールスには“ニーズ”という視点が常に必要と語る「「好み」というニーズ」、小学校教諭の両親の思い出とともに教育とお金の現実をつづる「求められる教師像とは」など。これら以外にも、農業などの一次産業の方がこれからの業界のあるべき姿を語るもの、グーグルの社員の方がどういう人がグーグルに多いのかとか、そういう話も興味深く読めました。

 

おわりに

ということでまさに職業図鑑。多くの職業を網羅的に収録してあり、そこはかとなく薫る村上氏の毒もまた味わい深いものがあります。

 

きっと、将来のことをしっかり考えるお子さんには役に立つと思います。読むことで本人の方向や指針が形作られるかもしれません。

うちのように親が押し付けてみて、「読んだけど別に。まあだるいわ」というような返事しか返ってこないご家庭は、是非親御さんや周りの大人に一読をお勧めします笑 親すら考えもしなかった職業があり、それがどういう教科と関連し、あるいは大人目線でこの子供はひょっとしてこれも興味あるのではという気づきがあるかもしれません。

 

書籍は社会の進展とともに陳腐化すると思います。職業に流行り廃りがあり、10年前のこの本も現在を正確に写す鏡とは言えません(特にIT関連)。しかし本書、やはり世の中には全き多様な職があり、どの職に就こうと子供たちが幸せに生きていければそれでよしというある種の達観(諦観?)へ私を導くに至りました。自分の人生に未だ悩む親が、子供に「お前将来何になるんだよ」なんて言えないわな、そう自嘲しつつ、本書を閉じました。

 

評価     ☆☆☆☆

2022/10/18

人間の特質としての共感を描くディストピア小説|『アンドロイドは電気羊の夢を見るのか』フィリップ・K・ディック 訳:朝倉久志

実家の本棚に眠っていた本。たぶん20年ぶりくらいに読んだものです。学生時代、哲学を勉強しており、その時に設定したテーマは「人間とは何か Was ist das Mensh.」 きっとそのテーマの一環で読んだのだと思います。

今般本作を再読し、学問への小熱い(決して熱狂的ではない)気持ちが昨日のことのように蘇ってきました。

 


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まず冒頭に非常に面白い作品であるということを申し上げたいと思います。物語の展開もスピーディーで予想がつかない。人間の本性を問うかのような伏線も張られおり、考える素材としても非常に秀逸であると感じました。

 

あらすじ

本作、SFやディストピア小説に分類されることが多いかと思います。

核戦争後、地球上では多くの生物が絶滅を続け、正常者の大半は地球外へ疎開し、それでも残っている人たちは言わば「疵物」的な人ばかり。その代わりに人間そっくりなアンドロイドが地球内外で使われるに至る。その一部が火星から地球へ脱走してくる。主人公ディックは地球在住、そんな「お尋ね者」を処分するのが仕事、という設定です。

 

人間最大の特徴、共感

本作を通じて途切れることなく流れてるテーマは「共感」ということだと思います。

ディックが追い詰める脱走アンドロイドたちの一人、オペラ歌手として人間界に潜んでいたルーバ・ラフト。彼女が「処分」された後、明らかにディックは彼女に同情していました。オペラ歌手として秀逸であったからです。その秀逸さに関して人間もアンドロイドも関係ない、という思いだったのでしょう。なお、本作ではアンドロイドは同類へは同情しないということになっています(これは設定の問題で技術的にあらゆるものに同情するというプログラミングは可能だとは思いますが)。

さらに、主人公ディックは終盤にアンドロイドのレイチェルと交わり、その後明らかに感情移入をし、以降のアンドロイド狩りのキャリアは難しいことを悟ります。

ここで、ディックにおいては人間もアンドロイドに差はなく、感情を傾ける対象でありうることが示されます。これこそが人間のもつ高い共感力であり、良くも悪くも人間という種の柔軟性なのでしょう。

 

さらに展望されるディストピア世界

本作で出てくる新型のネクサス6型アンドロイド以降、さらに展望される近未来では、極限まで人間に似たアンドロイドが出てくることが予想されます。その時、「それらしくある」ことと「そうである」ことの差異は、一部では極限まで少なくなるのかもしれません。

極限までに「人間らしい」アンドロイドに恋をすることもあるかもしれません。置屋から見受けをするごとく、あまりに好きすぎてアンドロイドを買い付ける人も出てくるかもしれません。さらにはアンドロイドの人権?が叫ばれる可能性もあります。そのような事態になるとアンドロイド制作会社は営利企業ではなく国営企業になり、人口(アンドロイド口)がコントロールされるような社会も出現するかもしれません。さらにはこうしたアンドロイドとの共存を拒み、山里離れて暮らす人間の集団・宗教みたいのが出てくるかもしれません。

 

共感の発生メカニズムとは??

しっかし、人間の共感というのはどこから発生するのでしょうか。生物として、類似の器官(手・足・口とか)を持つと生物と認識してしまい、共感するのでしょうか。人間そっくりなアンドロイドが出てきたら間違いなく私も共感とうか感情移入はできそうですが、一方で魚や牛肉なんかは平気で食べられてしまいます。ひょっとしたら真摯なヴィーガンの方が本作を読んだら、また違った生物観・共感についての考え方が示されるのかもしれません。

 

おわりに

ということで、単なるSF小説ディストピア小説にとどまらず、人間とは何か、人間の本性とは何かなどを考える良質なテクストであると感じた次第です。

ただし、本作の舞台は核戦争後のすさんだ地球という設定。その核戦争時に、当事者同士が相手の立場に立つことができなかったという点は皮肉ではあります。

20年ぶりの再読でしたが、もう20年後くらいに読んでみたいものです。その時地球はどれくらい本作に近づいているのでしょうか。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/10/16

 

優しく厳しく自己実現を促す寓話|『アルケスミト 夢を旅した少年』パウロ・ウエーリョ 訳:山川紘矢+山川亜希子

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あらすじ(文庫本裏表紙より)

羊飼いの少年サンチャゴは、アンダルシアの平原からエジプトのピラミッドに向けて旅に出た。そこに、彼を待つ宝物が隠されているという夢を信じて。長い時間を共に過ごした羊たちを売り、アフリカの砂漠を超えて少年はピラミッドを目指す。「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」「前兆に従うこと」 少年は錬金術師の導きと旅の様々な出会いと別れの中で、人生の知恵を学んで行く。

 

ひとこと感想

メッセージは素晴らしい! 内容も面白い。だけど現実はちょっと難しいか。これがストレートな感想笑

 

ネタバレありです(まっさらに読みたい方は飛ばして!)

本作、羊飼いのサンチャゴが旅に出て、宝物を探し当てるという夢をひたすらに追い求める話です。幾度となく困難に出会うのですが、次のステップに行く都度、彼は安定を捨てギャンブルのような未知へと歩を進める様子が見どころです。少年の呻吟は安定好きな我々に対しても夢とは何か、自己実現とは何かを語りかけてきます。

 

羊飼いが冒険に踏み切れず、出入りの商人の娘に告白して幸せな生活でもしようかどうかと悩むときに現れた老人は、羊飼いを急かすべく、このように語ります。

まだ若いころは、すべてがはっきりしていて、すべてが可能だ。夢を見ることも、自分の人生に起こってほしいすべてのことにあこがれることも、恐れない。ところが、時がたつうちに、不思議な力が、自分の運命を実現することは不可能だと、彼らに思いこませ始めるのだ(P.28)

 

「人は、人生の早い時期に、生まれてきた理由を知るのだよ」と老人がある種の皮肉を込めていった(P.31)

 

人はみな成功する要素を兼ね備えて生を受けるのに、みな勝手に諦めてしまう、というようにも聞こえます。

まあ、失敗しない唯一の方法は成功するまであきらめない、なんていうやや詭弁?じみた名言もありますし、着手しなければ実現も成功もないのは確かにその通りではあります。

 

安定に面白みや成長は少ないか!?

少年は羊飼いをやめ、羊を売ったお金でアフリカに渡りますが、速攻で騙されて一文無しに。そこでクリスタル商人のもとに住み込み、一年後に大きな財を成します。彼はまたもや夢と安定との間で揺れ動き自問します。

「でも、僕はよく知っている野原に戻り、また羊の群れの世話をしよう」と確信をもって自分に言った。しかし、彼は自分の決心に、もはや幸せを感じなかった。彼はまる一年間、自分の夢を実現するために働いてきたが、今やその夢は一分ごとに重要さを失っていった。おそらく、それは本当の夢ではないからなのだろう」(P.76)

自分がなぜ羊の群れに戻りたいのか知っている、と彼は思った。僕は羊たちを理解しているからだ。彼らはもはや、やっかいものではなく、良い友人になるだろう。他方、砂漠が友人になってくれるかどうかは、僕にはわからない。宝物を探さなくてはならないのはその砂漠の中だった。たとえ、宝物は見つからなくても、僕はいつでも国に帰ることができる。僕は今、十分なお金も、そして必要な時間もある。いかない手はない(P.77)

 

こういうのもつい自分に重ねてしまいます。今の仕事をやっていって、業務内容やカバレッジ、組織体制が将来どのようになるのかなんて大体想像つくわけです。予想がつくことは普通、興奮はあまりしませんよね。夢、挑むべきですか?笑

 

失敗そのものよりも失敗を恐れる心が、人をたじろがせる

お金も時間もある、ついでに言えばお金を生み出すスキル(羊飼い)もある。それなのに夢の実現に踏み出さないのはなぜか、と言われているかのようです。。。人はそんな余裕があるとき、チャンスな時になぜ動かないのでしょうか。確かに不思議です。そして自己実現を阻む自分の意思について羊飼いの少年はこのように自答します。

人は、自分の一番大切な夢を追求するのが怖いのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているからです。永遠に去ってゆく恋人や、楽しいはずだったのにそうならなかった時の事や、見つかったかもしれないのに永久に砂に埋もれてた宝物のことなどを考えただけで、人の心は怖くてたまりません。なぜなら、こうしたことが本当に起こると、非常に傷つくからです(P.154)

 

つまり自己実現を阻むのは安定よりも、むしろ失敗への恐怖というのが自己分析のようです。それについて途中から同行している錬金術師もこういいます

傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、お前の心に言ってやるがよい。夢を追求しているときは、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ(P.154)

 

これにはぐっときました。何かに一生懸命取り組んでいるときに、その前に覚えた恐怖などはもう頭にはありませんからね。失敗への恐怖というのはとてもでかい心理的摩擦なのですね。

 

つっこみ

こうして羊飼いの少年は錬金術師と禅問答のような会話を繰り返しつつ、自己実現に励み、最終的に夢を達成するということです。ただですよ、やはりこれ、お金と時間、そして生きる糧を持つというごく恵まれた状況の人にしか許されないわけですね。ついでに言えば明確な夢も持っている人。今日び、自分の夢をはっきりと瞬時に言える人もそんなにいないと思うんですよ、実は。

加えて、夢の実現には普通周囲の理解というのも必要です。少年の場合、オアシスで出会った運命の人アイシャは少年を快く送り出してくれました。曰く「私は砂漠の女だから。男を待つものなの」みたいな。くぅー、素敵。

でも、普通は親や子や、あるいは連れ合いがいて、現実にがんじがらめになっていて、夢の一歩を踏み出すのは躊躇われる(許されない)わけです。うちなんかもどこか別の国で働いてみたいとか(冗談というか軽口で)よく言うのですが、「子供たちが大学を卒業してからね」と目の笑っていない笑顔で嫁に言われるのが落ちです。

そもそも筆者のプロフィールをWikipediaで見てみますと、大学在学中に「突然学業を放棄して、旅に出る」とか、社会人になってからも「しばらくレコード制作を手掛けるが、1979年、ふたたび仕事を放棄して、世界を巡る旅に出る」とか書いてありました。その後本作のような大ヒットを飛ばすのですから、やりたいようにやれば成功できるさ、という信念を持たれるのもむべなるかなとも思います。何度も言うけど、これを現実にやるのは難しいぞ

 

おわりに

ということで非常にinspiringでmotivationalな本でした。勇気づけられます。自分も是非夢をあきらめずに取り組みたい、とそう思います。

ただ、自分の子供ならば、夢の応援するけどあんま無茶はしないで、そして生きて帰ってきて、と言いたい笑 こんな保守性が私の夢が実現しない理由かもしれませんが笑

心に夢のくすぶりの炎をお持ちの方、ぜひ読んでみてください。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/10/12

肩の凝らない英国歴史エンターテイメント |『A POINTLESS HISTORY OF THE WORLD』ALEXANDER ARMSTRONG & RICHARD OSMAN

近頃、テレビやニュース、雑誌などを殆ど読んでおりません(世捨て人!?)。それでもやめられないのが皆さんが書かれているブックレビュー笑 その中でこの一年良く目についたのがリチャード・オスマン。氏の書いた『木曜殺人クラブ』のレビューで、どの方もとても面白いとおっしゃてて私もぜひ読みたいと思ったんです。が、新品はやっぱ高いし手が出ません泣。そこで同じ作者なら作品違くても面白いかもと、近所の新古品の本屋さんで発見したのがこちら。結果は泣泣って感じでしたが笑

 


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筆者について

私は筆者を『木曜殺人クラブ』の作者として知りましたが、実はテレビ番組の司会やプレゼンターが本業の業界人。そうした筆者がテレビ番組のスピンオフとして上梓した書籍の一冊となります。ちなみにこの筆者、身長2mらしいです。デカい!

en.wikipedia.org

 

国史中心に歴史トピックを軽ーく

タイトルに”HISTORY”とあるので言わずもがなですが、英国を中心とした歴史トピックが50、掲載されています。

 

ただ一つ一つが真面目?に解説されているわけではなく寧ろエッセイ的・お笑い的な感じです。例えば産業革命の項では、自分が高校の時に勉強して今でも覚えていることを1ページ (!) くらい綴り、『歴史の先生方ごめんなさい、特に僕の歴史の先生、すみません』と謝ってみたり(何時間も教えてもらったのに。。。)。

 

またチャーチルの項では、『ウインストン・チャーチルっていえば英国の歴史んなかじゃあトンでもねえ将軍たちのひとりだわな。。。』という義父のチャーチル像が3ページほど展開される(だけ!)とか。

 

そのほか、英文ってa, b, c, and dみたいな列挙する文がありますが、そういう例示で途中から全く関係ないものとかゴロがあってるけどトピックと関連しないものとか、そういうのを挿入するギャグ的なボケが多数入っていました。

 

ちなみに各項の最後にトリビアクイズみたいなのが付いているのですが、100人中何人答えられたみたいな正答率もついていました。マジかよみたいな正解率の問いもしばしばで、むしろそちらの方に興味が行きました笑(Q: First Norman King of England  A:WILLIAM THE CONQUEROR, 37/100 ノルマン朝(人)の最初の英国王ということでウイリアム征服王を答えさせる問題で正答率37%とか)

 

おわりに

ということで肩の凝らない、歴史エンターテイメント本、でした。

ただ読み方にはちょっと難があると思いました。内容が簡単すぎるのとお笑いに寄っているので、歴史を良く知っている大人が『それちゃうでしょ!』ってシュールなボケに突っ込みながら読むか、小学生くらいが歴史のサワりとして読むのかどちらかかな、と感じました。

ただ上には書きませんでしたが、頻繁にテレビネタが出てくるのでやはり英国住まいのテレビっ子でないと面白くないかなあとちょっと思いました。

 

評価     ☆☆

2022/10/09

 

 

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