海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

法の限界をえぐりだす金融小説!読み物としてはやや冗長か!?―『永遠の旅行者』著:橘玲


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本の概要

前作「マネーロンダリング」に続き、今回もお金や法律の抜け穴を駆使する主人公(元弁護士:恭一)が、心を病む美少女(まゆ)を救うというパタン。今回のテーマは、いかにして税金を納めないで生きるかというもの。そんな、税金を納めないで国を転々とする者を永遠の旅行者(Perpetual Traveler)と呼んでいる。なお筆者の橘玲氏は元宝島社の編集者で、海外投資を楽しむ会創設メンバー。ちなみに、本作は、前作「マネーロンダリング」の登場人物も顔を出します。

lifewithbooks.hateblo.jp

 感想

本作品も楽しく読めました。法律知識とその周囲のグレーゾーンの見せ方は相変わらず秀逸。ただ、タイトルにも書いた通り、読み物としてはやや冗長と感じました。

 

人がルール通りに動くと思っていないか?

今回も教科書には載らない金融・法律知識が多く披露されています。本作出版が2005年であり、現状とはやや異なる可能性は高いものの、筆者の切れ味は色褪せることはありません。ルールそのものではなく、ルールを人がどう理解し、また反応するかを描いているからです。

 

例えば租税条約。『そもそもIRBは自分たちが税金を徴収できない税務調査になんの興味もなく、租税条約による国境を跨いだ連携も実際には殆ど機能していない』(P.40)という。我々は、条約があるからには、両国の税務当局は能動的に動くものだと思いがち。しかし、人間の性として、自分の懐の温まらない話を親切心だけで遂行することはあまりなかろう。ましてや小口の話であれば腰は重たくなることは想像に難くない。グレーゾーンが制度には常にあることを筆者は教えてくれます。

 

その他筆者は、税務署にとって風俗業がレッドオーシャンになっている点、米国の相続税事情、未成年被後見人制度と相続、規制通貨の持ち出し等々、ルールの先にある現実について多くの例を挙げ詳述しています。巻末の解説で元弁護士で作家の牛島信氏が、筆者は弁護士か、公認会計士か、はたまた金融庁の役人か、と想定していましたが、そのくらい専門的な知識を駆使しています。

 

主人公の設定について考えた

専門知識の他、橘氏の作品で特徴的であるのは実は主人公ではないか、と読みながら感じました。村上春樹の小説に出てきそうな、いかにも体温が低い冷静な男。

誤解を恐れずに言うと、ひょっとしたら世の男性諸氏の理想はこのようなものなのかもしれない、とふと思いました。

 

世の中に対して冷めている、或いはシニカル、でも社会性がない訳では無い、専門知識や地位を持っている、でもそうした地位には固執しない、そして女の子と適度にセックスするがそれにも固執しない。お金も地位も女性も手にできるが、別にどっちでもいいと思っている。

 

今回の主人公恭一は、弁護士として激務に耐えながらも、その意味に疑問を感じて弁護士会から脱会しハワイに断続的に滞在している。口コミでアドバイスが評判を呼ぶもその為のフィーをとるのではなく、結果として取引が必要になった時のみ紹介した金融会社や弁護士法人からの紹介料を受け取る。エクササイズを定期的に行い、質の高いコーヒーなど、じっくり吟味したものを身の回りにそろえる。育った家庭環境がやや歪であったため女性にそこまで没入しない。

 

ひょっとすると、もう少し頑張ればなれたかもしれない自分を投影しているかのような主人公(勿論、弁護士はそうそうなれるものではないのですが)。そのダントツ感の無さがこの主人公の魅力かもしれない、なんて思ってしまいました。

 

まとめ

纏めますと、金融に興味がある方、伊豆やハワイ、ニューヨークなどをご存じの方あるいは行きたい方(今回の舞台)、相続について考えられている方にはおすすめできると思います。純エンタテイメントとしてはやや冗長に感じましたのあまりおすすめはしません。ただ純文学の作家ではない彼がここまで書けるのは凄いなあと思いました。法律や税務、さらには国家とは何かまで考させる作品です。

 

評価 ☆☆☆

2020/05/11

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