本の概要
二つのカップル、ナツとアキオ、そしてハルナとトウヤマが共に温泉へ出かける。そこで起きる事件とは。個性の全く異なる四人が、それぞれの視点から温泉宿での出来事を描く。作者の西加奈子氏は2015年『サラバ!』で直木賞を受賞
感想
西加奈子氏には不思議な魅力があります。特にその言葉遣いには時にハッとさせられます。この物語も、大きな起伏はないのですが、本当に言葉が美しい。
これまでいくつかの作品を読んできましたが、私が読んだ中ではかなりの確率でバリバリの関西弁を喋るおばちゃんがでてきて、ガナるような場面がありました。例えばきいろいぞうとか。
残念ながら今回は、関西弁をガナる人が出てきませんでした。私の西さん歴のなかでは初で笑 以下、ネタバレを避けるため、いくつか簡単にポイントだけ書かせて頂きます。
一緒に居るのに、誰とも通じ合っていない妙
先ず読むうちに感じたのは、登場人物が余りにも通じ合っていないということ。良かれと思ってやっていることが嫌味に映ったり、意図したことが相手に通じ合っていないと感じました。物語を読んでいて自分の色弱を思い出しました。私は色弱なのですが、赤とか緑とかが良く識別できません。私が見ている赤は妻が見ている赤とは違う色調なのですが、『綺麗な赤だねー』というと齟齬なく会話ができてしまう。でも私が見ている赤と妻が見ている赤はきっと違う色調なのでしょうし、そもそも私という主観は他の主観と分かり合えるのかすら危うく思えてきてしまいます。そういう意味ではドイツ現象学的文脈でも味わうことができるでしょう(済みません、無視してください)。
私はトウヤマ派
堅苦しい話になりました。さて、その他本作で気になったのは、4人の語りのうち、トウヤマの章です。夫々個性が違うので語り口が四者四様なのですが、トウヤマの語りはしばしばハッとされられます。場末のバーテンダーという設定ですが、おいおい国語力高過ぎじゃないか!?と思わせるほど情景描写が素敵です。特になまめかしい祖母の着物姿の描写は、さてはトウヤマはめちゃくちゃボンボンで相当な教育を受けたのかと裏読みしかねないくらいです。
その他、作風は多分に退廃的・倒錯的な雰囲気に満ちています。と言うか、四人とも(そして幾つかある挿話も含め)皆が世の中の”普通”から結構ズレているように感じました。或いは作者はこのようなズレ感のある人物を通じて、普通なんてものは幻想だ、と言いたかったのかもしれません。
まとめ
まとめますと、ストライクゾーンの狭めの作品です笑 物語の起伏を楽しむのではなく言葉の美しさを味わうという観点からはおすすめできます。暇つぶしに読むときっと眠くなってしまうのでお勧めしづらいです。その他、モチーフとしては美容整形、母と子の絆、女性からみた性、主観と間主観性、こういったワードに興味がある方にはおすすめできると思います。
評価 ☆☆☆
2020/05/16