海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

揺れる香港の昨日。本格ミステリに描かれる香港社会体制とノスタルジー―『13・67』著:陳浩基 訳:天野健太郎


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 島田正彦賞受賞作品『世界を売った男』を読んで、香港ミステリに非常に興味が沸いてしまい、次作である本作『13・67』を購入しました。

 

lifewithbooks.hateblo.jp

 

 感想

 名前が中華系の名前であり、ややとっつきにくいところを除けば、ミステリの謎解きと展開、人間ドラマ、そして現代の政治的混迷を占うかのような過去の香港社会(かつてはイギリス領でした)が描写されるなど非常に興味深い作品でした。また往時の香港の様子がノスタルジックに描かれており、そこもまた趣深かった。

 

部外者に翻弄される香港市民

 一番特徴的なのは、筆者があとがきで書いているとおり、本格ミステリに社会派的要素を混ぜた点であると思います。私はとても好きで、非常に面白く読めました。

 香港と言えば、アヘン戦争を経て英国領となったものの、第二次世界大戦後は中国の影響もあり左派がその影響力を伸ばした時代もありました。またアジア通貨危機を経て中国返還、一部香港市民は体制の変更をおそれて周辺各国へ移民として流出していった事実もある。その後SARSに見舞われたり、あるいは今も一国二制度を巡り民主派と共産党との対立か続いていますね。シンガポールと並ぶアジアの金融センターですが、政治的には近年不安定になってきました。

 

ということで、以下、所収されている各作品の概要と感想を記載します。

 

黒と白のあいだの真実(2013)』・・・香港の有力企業の一つ、豊海グループのトップ阮文彬が殺害された。香港のやり手の警官であるロー警部は、死の床につこうとする師匠のクワン警視のベッドに被害者家族や関係者ら5人を集めた。コンピュータにつながれたクワン警視とロー警部との掛け合いから意外な真実があぶりだされる。そして真の犯人とは? ~ ちなみに私はこのお話が一番しっくりきませんでした。ただ、この話からその後のすべてがつながっていきます。

任侠のジレンマ(2003)』・・・新興ヤクザのリーダー左漢強。多くの犯罪への関与を疑われながらも、フロント企業として営む芸能プロダクションの社長としてアイドルのプロデュースをしつつ社交界で地歩を固めつつある。そんな中、所属タレントのアイドルが殺害されたビデオがネット上に流れる。果たして犯人は誰か?対抗ヤクザの任徳楽が疑われるなか、物語は意外な展開に。警部補に昇進したローと特別顧問に退いたクワンとが織りなす謎解きの妙。 ~ 最後にSARSに触れている部分があり、現在のCOVID-19とシンクロします。

クワンのいちばん長い日(1997)』・・・マフィア調査室がとらえた2名の不審な外国人の入国。彼らは何を企んでいるのか。他方、断続的に発生するビルからまかれる『硫酸爆弾』事件。またもや硫酸爆弾がまかれた日、かつてクワンがとらえた凶暴犯である石本添が刑務所から脱走した。混乱する香港市内と潜伏する石。当局内部の内通者は一体だれなのか?クワン上級警視の最後の出勤日に起きた事件に、弟子のローと共に鮮やかに解決へと導く ~ 「国家安全法」に揺れる現在の香港のごとく、中国返還前の社会的不安が鮮やかに描かれている。

テミスの天秤(1989)』・・・香港裏社会で幅を利かす石本添・石本勝兄弟。香港警察の目下最大の敵である石兄弟の潜伏先が割れた。彼らを一網打尽にすべくチームが組まれたが、警察は弟の石本勝を射殺するだけであった。むしろ多くの一般市民が巻き添えをくらい石に殺害されてしまった。ところがその場に偶然居合わせた本庁課長のクワン警視が見た真実とは。。。警察の裏社会とのつながりを色濃く反映した社会派要素の強い一篇。ちなみにこの時ローはまだ駆け出しの刑事。

借りた場所に(1977)』・・・借金返済のためにイギリスから香港に出稼ぎに来たグラハム・ヒル。看護師の妻と一粒種のかわいいアルフレッドと共に暮らしていたある日、息子のアルフレッドが誘拐された。警察の汚職を取り締まる廉政公署に勤めるグラハムには、自身の捜査対象である香港警察に頼らざるを得なかった。外国人がまだ珍しい香港で、彼のもとにやってきたのはイギリス帰りの刑事クワンであった。用意周到な犯人の要求に応えようとした果てに身代金の受け渡しに失敗したグラハム。事後、彼に事の真相を述べるクワン。往時の香港警察の乱れ具合がしのばれる社会派な一篇。

借りた時間に(1967)』・・・戦後20余年の当時、香港は共産主義化への波で荒れていた。左派過激派は打倒イギリス帝国主義を標榜し武力での解決を目指し、香港警察と真正面から衝突していた。駆け出し警官であったクワンは商店の店員からの情報から大規模テロ事件を事なきものとする。 ~ 主義・思想のためには多少の犠牲もいとわないとする登場人物に、やるせなくなる作品。今や純然たる共産主義キューバ北朝鮮くらいであり、しかも大成功とは言いが居たい。こうした体制のために流れた血や命を思うとやるせなくなる。

 

おわりに

長々と書きましたが、繰り返すと、本作は面白いです。

一篇一篇に謎解きや展開の面白さがあることはもちろんのこと、リバーステクノロジーという、歴史をさかのぼるスタイルは斬新(分かりづらい!?)であるとともに、物語どうしのつながりが後になってから見いだせる点が非常に秀逸だと感じました(読めばわかります!)。また、どのような社会体制であれ警察の使命とは一般市民の安全と保護である点を強調するクワンの存在は決してそうではなかった・あるいは今もそうではないことを暗にほのめかしており、そうした社会問題を暗に喚起している点でも興味深く読めました。

  

評価 ☆☆☆☆

2020/08/01

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