筆者について
ジャーナリスト。米国留学後、アメリカ野村證券勤務時に9.11を目の当たりにし、ジャーナリストへ転向。『ルポ 貧困大国アメリカ』は77万部を超えるベストセラーに。以降多くの著作を発表。ちなみにHIV訴訟で有名になった参議院議員川田龍平氏は旦那様にあたる(Wikipediaより)。
類書としてユータス・マリンズ氏、孫崎亨氏、そして馬渕睦夫氏など、ほのかに陰謀論の香りが漂う作風とは一線を画し(いや私はかなり好きなのですよ)、現場での多くのインタビュー等を通じて内容を構成してゆくスタイル。
感想
以前『貧困大国アメリカ』を読み、非常にジャーナリスティックな書きぶり・政府や企業の欺瞞を正面から斬るその心意気に快哉を叫ぶとともに驚きを覚えました。
今回も同じように、丹念なインタビューや、事象の裏のお金の流れを追うことで、企業、とりわけグローバル企業の強欲さや横暴をつまびらかにするものです。今回はTPP、イラク戦争、マイナンバー制度、そして福島原発事故に潜む企業の動き等に迫ります。
資本による日本搾取計画
新自由主義の成れの果ては貧富の差の極大化ですが、その流れがTPPやマイナンバーを通じて、足音を忍ばせながら日本にも近づいているのです。米国のハリケーン・カトリーナ後のニューオリンズの市場開放化は街を相当に荒廃させ、参入企業を儲けさせただけのようです。
同じことが日本でも起ころうとしています。TPPは要は市場開放とそれに伴うルールの統一化です。統一化というと合理的なルールにするというよりも、力と声の大きい人のルール(米国ですね)に合わせるということです。
私は、このTPPに関しては、医療の市場化が一番怖いと感じました。日本が、米国のように盲腸を切る手術をするだけで10数万円取られるような国になってしまう可能性は大いにあるわけです。製薬会社の日本マーケットへの本格参入により薬価の自由化が起こり結果として国民保険料が暴騰、とか、自由化の影響で新薬の承認が米国基準となり慎重な声も米国ルールの前に沈黙を余儀なくされる(あるいはルール外の承認保留をすることで在外製薬会社から損害賠償を起こされる)等々。自由化によって国の主権すら脅かされるような状況になりかねません。
東京都と東京電力との結託
福島原発のトピックも驚きを受けました。福島原発の除染土を東京都で引き受けるというくだりです。除染土の処理を引き受けるの会社はなんと東京電力が筆頭株主。さらにさらに、東京電力には多くの東京都職員が天下りしているのです。そう、結局お金なのです。いやあ、怖いです。筆者の言う、違和感を感じたらそのお金の流れを追え、というテーゼは言いえて妙であります。
ゆでがえるにならないためには
企業や政府が、マスコミも巻き込み、お金を唯一の価値観として支配クラブを形成していく。こうした流れ・うねりには、どうやって反抗すればいいのか、どうすれば助かるのかって思います。筆者の意見はシンプルというか穏当で、端的に言えば、ひとりひとりが考えて行動しましょう、といったところ。
真っ当ですが、少し絶望的になります。だって巨大資本に我々が立ち向かったって無理っぽいじゃないですか。だからこそ、エピローグの話は最初に持ってきて、人々を鼓舞するようなメッセージとして挙げるべきだったのではとちょっと思った。それは、生まれたばかりの甥っ子の写真をみて、『どうかこの子が生きてゆく世界が、安心して暮らせる、笑いに満ちた場所でありますように』と祈ってみたり、母校の小学生が作った憲法試案の純粋さに感動したり、という話です。そういう、『大切なものを守りたい!』という強い気持ちやパッションがあるからこそ、それを踏みにじろうとする現状をルポルタージュするんです、といった方が伝わる気がするのですが。。。
おわりに
本作も、ニュースの裏に隠れている、そうだったのかと驚くような背景説明が随所にちりばめられており非常に参考になりました。トピックが多岐にわたり日本と米国を行ったり来たりするのでややわかりづらいところはありましたが、それを考慮してもやはり読む価値のある本だと思いました。100%信じなくても、筆者の見方を理解しておくことは非常に大切だと思います。
評価 ☆☆☆☆☆
2020/09/09