概要
故村川堅太郎(東京大名誉教授)、故長谷川博隆(名古屋大名誉教授)、高橋秀(立教大名誉教授)の三氏による古代ギリシアから帝政ローマ終焉頃までの歴史を描く大著。
感想
私、より効率的に短時間で大学受験に合格するため、世界史を勉強しませんでした。
学部卒業から20年以上たち、コンプレックス?であった世界史を今更ながらに勉強しております。
アツい人間への興味!でも、眠くなる、そして、長い
そのなかで本書を購入しました。古代ローマ・ギリシアは細切れに勉強すると流れがつかめないので本で流れをつかもうという魂胆です。
結論を言います。おっさんがやる気を出して読んだのですが、すみません、眠くなります。
何だろう、良くも悪くもきっと描写が細かいのです泣。
ただ、古代ギリシア・ローマをしっかり勉強したい方にはきっとその行間から滲み出るエッセンスに狂喜するのではないかとおもいます。というのも、本書は歴史の本ではありますが、誤解を恐れずに言えば、ヘレニズムとはなにか、あるいはローマ人気質とは何かということへの答えなのです。そうした人間への興味という点では、共感するところ大でした。
現代と大きくかけ離れたギリシア風俗
さて、そんな中でも、私が面白いと思ったのは第5章”古典古代の市民たち”です。印象的な話として生児遺棄の話があります。曰く、五体満足ではない子、育てるに値しない子は捨てられる、と。こうして死んだ者を回収して片づけるのは奴隷の仕事であり、また、死せずとも拾われて奴隷として育てられることもあったそうです。女性も男性の下位に置かれ、少年愛も盛んだったようです。
古代ギリシアと言えば、人間賛美的なイメージがありました(もう素人の完全なるイメージ先行ですが)。しかし、古代ギリシアで賛美されたのは、純粋なもの、美しいもの、完全なもので、その範疇からはみ出るものは、意外と重きを置かれなかったのかもしれません。このような印象は、プラトンのイデア論を想起させますね。現代はむしろこれとは対極で、あらゆる価値を相対的に認めるような世の中かと思います。もし現代に、プラトンと相田みつを(「にんげんだもの」)が生きていたら、きっと大ゲンカするのでは、とくだらない夢想をしました。
キリスト教の歴史をささっと学びたい方は第10章を
もう一つ、個人的に気に入ったのは第10章”新約聖書の世界”です。キリスト教の歴史や世界史の中での位置についてはこうして一章割いて書いてくれているので、よく理解できます。属州ユダヤがローマからの圧政であえぐ中で次のメシアを求めていたとか、使途パウロの伝道の旅が図解で載っていたりとか、そういう箇所は面白かったです。
おわりに
初版1991年と書かれたのも古く、扱う内容はもっと古い。そうした中で、書き方を含めややとっつきづらさはあります。ただ、紀元前の古代ギリシアや古代ローマに興味がある方には読んでおいて損はないと思います。なかなかの情報量です。他方、高校生や浪人生が理解の足しに読むとすると余計に混乱するかもなあと思いました(効率的な知識の吸収という意味で)。ですので、お時間に余裕のあるかた、あるいは興味のあるかたにお勧めしたいところです。
評価 ☆☆☆
2020/12/28