同調圧力の強い社会、本音が言いづらい組織。
集団にいても疎外感を感じたり、本音でめいいっぱい喋れたらどんなに清々しいかと、時に良く夢想したものです。
しかし本書を読んだ後、ちょっと考えを改めました。
出来るだけ本音を喋るという倫理戦略は意外に困難かもしれない。というか、寧ろ面倒くさいのではと思い始めました。
筆者のSam Harris氏は哲学・倫理系の作品を手掛ける著述家。
本作は、嘘はつくべきではない、それは所謂White Lie(善意の嘘、おべんちゃら、方便?)すら言わない方が良い、と主張するものです。本論は40ページ程の短いもので、Ronald Howard(スタンフォード名誉教授)との対談が30ページ弱、そして読者との質疑(オンラインで事前に開示していたそう)が30ページ弱、とジャスト100ページほどのコンパクトなものです。
嘘を廃し真実を伝え、相手の成長を促す
さて、これは皆さんどう思いますか? いやこれ、なかなか厳しいとは思いませんか?嘘のない世界。
あなたに配偶者や彼氏彼女が居るのなら、想像してみてください。「愛している?」発言への返答。慣れ合いの果てにちょっとときめきが減ってきていたら、「いまはちょっとなあー、好き度が減ってきた」とか正直に言うんですか?いやあ、ちょっと厳しいと思いませんか(私なんか想像するだけでその後の家の中のカオスが思い浮かびます)。
あるいは営業に同行する女上司に「赤いスカーフと青のスカーフ、どっちが若く見えるかしら?」と言われ、「ぶっちゃけ同じですよ。まあ全く若く見えませんし」と本音を言えるだろうか。
いずれにせよ、筆者の言う嘘なしの生活というのは、実にうまくいかないことが想定される。
しかし、筆者は嘘は避けるべきだというのだ。
その心は、私の読み取ったところだと「相手に成長の機会(あるいは可能性)を残す」べき、ということだと思います。例えば上の「愛している?」への正直な返答(「今は昔ほど好きじゃないかも」)は、相手が自分を振り返る切っ掛けになりえます。
(「やっぱり私ももう少しボディメイクしたほうがいいかな?」あるいは「そんなつれない人と一緒に居るだけ無駄無駄!次よ次!」と吹っ切るか等々、次につながるきっかけを与える)。
西洋人が過剰気味に我が子に繰り返す”Good Job”や”You have a talent”的なよいしょも、もう少し冷静にやろう、と諭します。仮に子どもが役者を目指していたとして、本人も才能に疑問に思っているのに、周囲が口々にいやあ君には才能があるといい、本人も踏ん切りがつかず機会を失う、というようなシチュエーション。
このような嘘撲滅を基本テーゼとしつつ、究極のシチュエーションを想定し、それでも嘘はやめた方がいい、という主張を延々と繰り返します笑 (かつての浮気を今敢えて告白すべきか、殺人鬼が少年を追って我が家に来たがかくまっている事実を正直に言うべきか、サンタはいないと正直に子供に伝えるべきか、潜入捜査官は嘘を許されるか等々)
もちろん、正しいことはそのまま言うのではなく、言い方には十分配慮しなくてはならないとします。また、答えづらい質問には答えない・答えたくないという選択もどうやらありのようです(それはそれでやや不誠実ですがね)。結構抜け道多いな。
私の考え
ちなみに私は全面的に筆者の意見に賛成です。
ただし、私がこの正直ベースの態度をとるとするなら、それはごくごく信頼できる家族・友人にだけだと思います。何故ならこの嘘を許さない態度は時間的にも精神的にもとても労力が掛かると考えるからです。だから本当に自分が大切だと思う人、この人なら大丈夫だと信頼できる人にのみ、言葉を選んでしっかり伝える。
それ以外の、行き交うだけの人々に対してまで正直に言葉を伝える労力は、私は払っていられないと思います。
おわりに
ということで、本作Lyingはなかなかドラスティックで学ぶところのある本だったと思います。ただ、どっちかと言うと強者の論理(あんたはお金も時間もあるし地位もあるからそんなきれいごといってられるんだ、的な)にも見え、かつ正直に生きる為の時間的精神的労力については十分検討されていない気がしました。
ただそれでも、他人を成長させるという観点はこれまで考えてもみなかった視点であり、非常にためになったと思います。
思想や倫理学に興味がある人のみならず、人との付き合いに悩む方等も読む価値があると思います。直接的な答えにはならないとは思いますが、参考にはなると思います。
ちなみに英語ですが、文法は難しくありません。ただし単語が専門用語や難しい語が多いと感じました。ただ、100ページ弱ですよ!是非頑張って読んでみてほしいと思います。
評価 ☆☆☆☆
2021/05/24