海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

宗教改革の起爆剤となった諧謔の書 ― 『痴愚神礼賛』著:エラスムス 訳:沓掛良彦

エラスムス

確かにマイナー。訳者があとがきで嘆く通りです。世界史ではルターの宗教改革のくだり、そしてトマス・モア(『ユートピア』の著者)の友人というくだりで出てくる位ではないでしょうか。しかし一度読めば、本作が豊かなヘレニズム的教養の詰まった、それでいてユーモアに満ち溢れる作品であることがわかります。

 


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中世きっての知識人エラスムスによる本作、一言で表現すれば、当時の世間と宗教界を批判する諧謔の書、であると思います。痴愚(アホ)の女神という架空の神を作り、彼女が自分がいかに偉大であるかを自画自賛・礼賛するというもの。

 

彼女が居るおかげで世界は楽しく回る。その彼女が従えるのが「ウヌボレ」「追従」「忘却」「怠惰」「快楽」「無思慮」「逸楽」「お祭り騒ぎ」「熟睡」という各々の神。

 

ルネサンス期とは言え中世という時代背景を考えれば本作のあけすけさと辛辣な表現は驚異的。

子どもが無知である、故にあれだけ純真で楽しそうなのだ。同様に老人も忘却の淵に沈みつつ子どもがえりする、故に幸せなのだ。結婚とは愚かさの象徴である。へつらい、冗談、お愛想、勘違い、ごまかし等に満ちている。結婚がうまくいくのは痴愚女神のおかげである。もし人に理性があれば、妻(夫)の本心や過去を暴き、結婚などは減ることだろう。修道士の怠惰、聖人崇拝のおかしさ(聖書からの逸脱)等々を挙げ、彼らもすべて痴愚のもとに居るのだ、と自らを礼賛します(私の書き方が下手過ぎて、なんだかシニカルな感がありますが、実際にはユーモアあふれる文面です!)。

 

内容と同等に(それ以上に?)素晴らしいのはやはり訳者沓掛氏の本作にかける意気込みだと思います。何しろ読みやすい翻訳。ギリシア・ローマへの深い造詣と愛情。ギリシア語表現をカタカナ表記にするという素敵なアイディア。注釈93ページ、解説・あとがき45ページ、合計138ページ(全体の4割)にも及ぶ手厚いサポート。解説もエラスムスの生涯と仕事を概観しまとまっています。ひょっとしたら初めに読むほうが良いかもしれません。

 

加えて。

表紙にもなっているボスの「愚者の船」(ルーブル美術館所蔵)ですが、これが見事に当時の世俗の堕落の様子を描いております。エラスムスが何を批判しようとしているのかはこの絵を見ればよくわかると思います。後世の絵に残るくらいですから謂わば相当に堕落した世の中だったのでしょう。

www.musey.net

 

 

おわりに

読後に考えたのは、日の当たらないエラスムスがどれほどのルサンチマンを感じたのか、ということ。司祭の私生児として生を受け、古典勉学に励むも宗教界から蔑まれ、聖書研究に立ち返るも世の教会は聖書から逸脱した行為に満ち、自分は異端に近い扱い。

本作も軽妙な筆致が時としてマジギレ気味になるあたり、沓掛氏の解説を読んだ後なら、たまに本心出ちゃうよね、と同調して読めてしまいます(笑)。

 

ヘレニズムの息吹が大いに詰まった本作、古代ギリシアと聖書を勉強したらもう一度読んでみたいと思いました。

古代ギリシア・ローマ、宗教改革、中世ヨーロッパ等に興味がある方にはおすすめできる作品です。

 

評価 ☆☆☆☆

2021/10/14

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