海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

戦場でも失われなかった科学者の視点 |『虜人日記』小松真一

戦記ものに惹かれるおっさんの独り言

戦記物を読むと、我ながらおっさんになったものだなあと感じます。我々戦後生まれからしたら戦争は既に歴史の話であり、これを経験した私の祖父母も過去を語ることなく亡くなってしまいました。今になって、何でわざわざそんな辛気臭い本を読むのかと。

 

年を経て徐々に感じるのは、集団や組織が、個々の考えから離れて迷走し始める事例です。いわゆるグループ・シンク。個々人は多くの人が心配しているのに、組織としてはどうにも変わらないこの不可思議。みんな心配しているのに一向に改革の兆しがない年金行政、これまたしばしば叫ばれるようになった貧富の差の拡大。ひょっとしたらこれらもグループ・シンクの一例かもしれません。

 

私の関心は、なぜ組織は機能しないのか、そういうところにあります。

自分より学力も高く給料も多い御仁がわんさといるのに、なぜ組織はよくならないのか。所属する会社だって、国だって、もっと良くなってほしい。これからの子供たちを思うと一層そう感じるようになりました。

組織の迷走。船頭多くして船山に上る。そうした混乱を描く最たるものが第二次世界大戦時の日本である気がしてなりません。

 

集団が作る文化や価値観に対して常に批判的な視点を持つことは至難の業でしょうが、かつて読んだ山本七平氏の著作はその超然とした視点を失わなかったように見えます。そして、その著作で多く言及されていたのが本作『虜人日記』でありました。

爾来私のウイッシュリストに入っていたものにつき、今回購入に至った次第です。

 


f:id:gokutubushi55:20221213010957j:image

 

概要

本作は、醸造技術をもつ企業人が軍属としてフィリピンへ派遣され、業務を行い(アルコール製造)、終戦を迎え、捕虜として過ごした筆者の、およそ二年ばかりの日記であります。

 

上にも挙げた山本七平氏による『一下級将校の見た帝国陸軍』とは大きく毛色が異なります。『一下級―』が文字通りの戦中記であり、九死に一生を得るかのごとくの怨讐に満ちた筆致で生死の淵を描くのに対し、本作は後方支援部隊からの視点であり、緊張度は若干低めかもしれません。

ただし、小松氏の超然とした視点は、女遊びに現を抜かす日本軍兵、その兵士が苦しんでいるジャングル行軍に自分の女とその荷物を運ばせようとする将校、人はいるものの物資も食料もない現地の状況(ロジスティック不全)、等々を克明に捉えています。

また小松氏の描写は、現場から常に一歩引いており、時に詩歌や絵画の挿絵があり、ジャングルでの調理シーンなどはむしろユーモアすら感じぜずにはいられないものでありました。限界的状況でも文化的精神を失わない氏の人格には敬服するばかりです。それゆえか読んでいてまったく凄惨な気持ちになりませんでした。

 

商業出版は意図せず、家族による私家版が起源

もう一つ驚くのは、本作が氏の死後にその家族によって私家版として出版されたことです。

つまり氏は本稿を出版することなく亡くなっているのです。あとがきで娘さんが書かれているように、まさか父が思想的にこのようなことを考えていたとは露知らなかったとのこと。それだけ本作の信ぴょう性は高まろうかとも思います。筆者は自らの記憶をとどめるためだけに書いていたということでしょう。記録とは実に大事であります。

 

おわりに

ということで戦記物でありました。

読んでどうなるというものではないでしょうが、やはり感じるのは、自分で考え、表現すること、の大事さであります。筆者は単なる軍属とはいえ、キチンと自身の意見をもち、時に将校にも議論をし、行動を決定していました。人の死のタイミングは多分に運命に左右されますが、それまでの人生はやはり己の掌中に持っておきたい、そう感じた読書体験でありました。

 

 

評価     ☆☆☆☆

2022/12/10

海外オヤジの読書ノート - にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村