海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

英国移民の厳しい現実をえぐる。引き込まれる佳作 |『The Year of the Runaways』Sunjeev Sahota

 

日本では外国人労働者の受け入れには否定的、労働力だよりの移民には断固反対。こんなニュースをしばしば耳にしてきました。

ところが、コロナ後に何度か一時帰国すると、ワクチン接種を確認するファストトラックのスタッフは外国人だし(バイト?)、ターミナル駅へ向かう空港バスで働いているのも外国人の若い子たち。寒いのに、大変だなあ。ご苦労様、と声をかけたくなります。

 

その瞬間、強い既視感を感じました。

東南アジアでも比較的豊かな地域では、外国人労働者が低賃金できつい仕事をこなす現状があります。私がよく目にするのはミャンマー人(食堂に多い)、ネパール人(ガードマン)、家政婦だとインドネシア人やフィリピン人、そしてどの業界でも良くインド人を見ます。

物価の高い国では若者はそういう汚れ仕事はしたくないとか。

年配の方は移民の受け入れに反対が多いようですが、日本でも実質受け入れの方向に自然と移行しつつあるように感じます。

 


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ひとこと感想

本作は英国に住むインド移民の話であります。

端的にサマると、とにかく暗い。そして救いがない。ただ、その暗部をえぐるさまに目をくぎ付けにされ、ついつい読んでしまう。そんな小説でした。

 

メンバー紹介

メインキャラクターは4名。

タロチャン(Tarlochan)は下層カーストの出身。インドでは野良仕事にすらありつけず、仕事探しに徒労を繰り返す。さなかに暴徒に家族を焼かれ、大枚をはたいて欧州へ不法入国、仕事を探し新たな人生を開こうと努力する。ロンドンに流れ着くも、不法滞在故に足元を見られ低賃金での労働を余儀なくされ、寺院(gurudwara)では下層民であると蔑まれ、果ては同胞から隠していたお金を丸ごと盗まれる。

ランディープ(Randeep)は下層官吏の息子。プライドの高い母親と妹たち、そして父と暮らし、大学へ進学するも、父が心を病みクビに。一家の将来が危ぶまれる。丁度、心を寄せる女子生徒に手を出したところセクハラと訴えられ大学を放校処分となる。その後、家族の生活を支えるため、母親の手引きで英国在住のインド女性と偽装結婚をアレンジされ、英国へ移住。肉体労働者寮での寝泊まりのなか、警察のがさ入れもあり、ルンペン生活なども経験。もともと坊ちゃん体質も、世知辛い現実を知ることに。

アブター(Avter)はインドの中小ワンマン企業で働いていた若者。運悪く、そこの社長のドラ息子と仲良くなる。ドラ息子は会社の金を横領し、最終的にその責任がアブターに押し付けられ、クビに。時を同じくして父親の営む会社が傾き、これまた家族を支えるため、借金をして英国の大学へ進学するていで学生ビザを取得、英国へ出稼ぎにでる。彼もまた労働許可がない中で不法就労を行い、途中で病を得、足を切断することになる。

ナリンダー(Narinder)は英国育ち。シーク教徒の篤信な家族の下で厳格に育てられる。神を信じ、神を愛し、奉仕活動に全霊をささげるも、活動に熱心だった母が早死し、そしてシーク寺院でのカースト差別も目の当たりにする。善良な人がひどい仕打ちを繰り返し受ける様子に神の存在を疑い、自分の奉仕活動に疑いを持つに至る。

 

読んでいて気が滅入る・・・

こうした四人が邂逅し、物語を織りなしていきます。

インドでも、英国でも、ローカルな価値観が根強く残り、その息苦しさが立ち昇るかのような描写が満載。インドでは下層民は面接のたびに出身地を聞かれ、結局採用されないとか。女性は親のアレンジした結婚に従うべき、とか。そういう因習的息苦しさのリアルさと、そこから逃れようとする若者たちの大都市ロンドンでの苦労の様子がまざまざと描かれます。

加えて異国で出てしまうのが若い故の浅慮であり、短絡的行為。支えてくれる人は僅かで、英国生まれとインド生まれで同胞間にも差別・被差別意識もある様子。結局、浅慮でもどん詰まりで、無謀な行為に出る、という悪循環。

 

ある程度デフォルメされているとは思いますが、因習的な考えが実はまだまだ多く残っていることを示唆しているように思います。また、他国での移民の厳しい現実に目を覆いたくなるような気持ちになります。

 

インド・シークの言葉が頻出

あと、英語ではありますが、とにかくインド、わけてもシーク由来の言葉が多く難儀しました。シークってのはターバンを巻いた彫の深い方たちですね。パンジャブ州。

加えて、文法どっちらけの外国人英語の雰囲気が満載です。読んでいてインド英語のイントネーションが激しく上下する様が脳裏に浮かびました。

因みに本作、英国のブッカー賞候補になったんですが、選定者もこのシークの言葉の連発に耐えたのかしら?私はグーグル頼りに相当な時間を使って一つ一つ調べるという時間つぶしに勤しみました。

 

おわりに

ということでインド系作家による長大小説でした(467頁!)。大都市での移民たちの悲惨な生活が非常に印象的で、引き込まれる作品でした。

この作品、もう一度翻訳で読んでみたいなあと思いました。起伏が大きくないので人気は出なさそうですが、きちんとproofreadされた翻訳でしっかり噛みしめたいと思いました。

 

インド移民に興味がある方、ロンドンや周辺の街にゆかりのある方、外国文学が好きな方、英語を鍛えたい方等々にはお勧めできる作品です。

 

評価     ☆☆☆☆

2023/02/19

 

 

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