海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

幕末長崎のおんなたちの儚い一生を色鮮やかに描く人間ドラマ |『ふぉん・しいほるとの娘』吉村昭

シーボルトの娘は日本で初めて女性で医者となった人物」

遠い過去、高校の日本史でシーボルトなる人物を習ったことは覚えています。でもそれがどういう経緯で日本に関わったのかはすっかり忘れておりました。

また、どこで読んだか忘れましたが、とある記事で、そのシーボルトの娘が日本人で初めての女医である、と書かれておりました。へー、そんなハーフちゃんが初の女医さんなんだあ、と驚いた記憶があります。

 

今般、長崎に旅行に行くにあたって、そんなシーボルトのことが思い出され、そのものドンピシャの名前をAmazonで見出し、買い求めてみたものです。

 


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ひとことコメント

いやあ、重厚だった。

手の込んだクリームもったり系ソースで供されたフレンチをじっくり味わったかのような濃厚さ。あるいは、てっぺんから尻尾まで隙間なく餡の詰まった「たいやき」のようなどっしりとした読後感でありました。

じっくり食べた後に「食べ疲れ」を感じることがありますが、同じようにいい意味で「読み疲れた」感を味わいました。

それくらい内容の詰まった作品でありました。なにしろ上巻692ページ、下巻741ページ、合計1,433ページもありました笑

 

人生とそのドラマを精緻に描く歴史小説というジャンル

そもそも歴史小説を、私は結構避けてきたんです。

だってシリーズものが多いし、続けて読む時間なんてそうそう取れないじゃないですか。そしてほら、何かおっさんっぽくて(まあおっさんですから読むと実に絵になるのですが笑)。

でも、今般読んでみて、実に楽しく読んでしまったのです。

 

国命を帯び、日本情報を収集するドイツ人医師シーボルト、そんな出島駐在の彼のもとへ通うようになるオランダ遊女の其扇ことお滝。彼らの間に宿された一粒種の女の子のおイネ。そのおイネが凌辱の末産み落とした娘タダ。そして彼らを取り囲むように描かれる幕末・明治の医学関係者の数々。

 

教科書ではたった一ページ、否、一語で片付けられてしまう話でも、実はそこに多くの人々がおり、人生を賭して何かを成し遂げようとしているわけです。その結果悲劇もおきますし、感動もあるわけです。端的に言えばドラマ、でしょうか。

教科書では平板な文字に隠れてしまったドラマが、本作では文字間から、そして行間から、極彩色を帯びて鮮明に立ち上ります。もちろん創作も随所にあるのかもしれませんが、小説にあっては人物の行動の動機・心情こそが重要であると思います。そうした心のひだが色鮮やかに描きこまれていたと思います。

 

その結果、「シーボルト」「鎖国」「出島」「尊王攘夷」「文明開化」「産業革命」など、個々の知識が作品を通じて「つながってゆく」かのような錯覚がありました。別に日本史を勉強したくて読んでいるわけでもないですが。

 

その後感じる「落ち込み」

また、こうした人物を克明に描く歴史小説にあって、徐々に胸に迫るのが、「老いの虚しさ」、「人生の儚さ」です。

まずシーボルトの凋落ぶりについて。当初出島に来たときは20代そこそこ。蘭方医として名声を極め、門下に多くの学生が集います。しかし60代で鎖国の解けた明治に再来日した彼は、医学も植物学も、そして外交に関してもかつての知識から全くアップデートできていない。本人だけ自信満々。結果、次第に周囲に人が寄り付かなくなります。本人が立ち遅れている事実を感じられないのが悲しいですね。

同じく、シーボルトの娘のイネ(本作主人公です)。彼女も幕末の因習的な社会にあって、女そして「あいのこ」(ハーフ)という逆境を乗り越えて女性産科医になるわけです。その知識は和洋取り混ぜで当時は最先端。しかし老年に至り、最後に東京で産院を再開設するも、以前のように患者も集まらない。また耳にする薬や用具も彼女の知らないものが多いことに気づく。そこで彼女は自分の医術が「時代遅れ」になっていることを認知するわけです。老境にある彼女はこうして医道から退く決意をします。

 

これは身につまされる話です。私は常に窓際、従い、現場で10も20も下の子たちと協働(ストリートファイト)しつつ、自らの位置や実力を認知しているつもりではあります。でも、増上慢にならぬよう気をつけねばと、改めて思った次第です。

 

男運ないグランプリ、の如く

そのほか、本作主人公である楠本イネ以下、女系家族の悲劇は数奇というには簡便に過ぎるほどの不運に見舞われます。これはもう、言葉になりません。

シーボルトの妻となるお滝(其扇)はそもそも家の都合で遊女に売られる。シーボルトとの間にイネを設けるも、シーボルトは国外追放。その後こぶつきで嫁入りした時治郎にも先立たれる。全く男運がない。

その子イネも、医学を目指し勉学に励むさなか、師匠の石井宗謙に犯され子をもうけてしまう。勉強どころではないですよね。

こうして望まれず生まれてきた娘タダもまた、ようやく三瀬周三という将来を嘱望される語学エリートと結ばれるも、子が出来ぬまま早くに彼を亡くす。美しかったことから、その後医師の片桐重明に凌辱され子を宿され、その子ともども山脇泰助に貰われる。その後も泰助に先立たれる。

女性の不幸がクローズアップされるなか、一人身勝手で老いても下半身が緩いシーボルトは完全にヒール。最後は哀れですらあります。

 

おわりに

ということで幕末・明治の長崎を舞台にした歴史小説でありました。

濃厚、重厚、読み応えのある歴史小説でした。

 

幕末や明治維新に興味のある方、長崎にゆかりのある方、世界史でいうことの大航海時代に興味がある方、女性の社会進出に興味のある方等々にはお勧めできる作品かと思います。

 

評価     ☆☆☆

2023/04/03

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