海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

こういう女性はめんどい?お尻がむず痒くなる感覚 |『プラナリア』山本文緒

大学で、学科もサークル(軽音楽部)も一緒だった、カサギという奴がいました。

そいつはちょっと変わっていて、いつも全身真っ黒なカラスのような服ばかり着ていました。音楽サークルということでどんな音楽を聴くのかと問うと、そいつの場合は、ジミヘンとか、Doorsとかを聞く、と答えました。

なんだあ、古いなあ、最近のは聞かないんだ?、というと、「俺は生きているアーティストの作品は聞かない」とのたまう。1990年代、洋楽といえばGuns n’RosesとかAerosmithとかは大分流行っていたと思いますが、彼は聞かないとハッキリ。丁度そのころ亡くなったカート・コバーン率いるnirvanaは「最近、聞くようになった」とのこと。

きっと、死んでもなお人々から愛される作品を聞きたい、という趣旨がいびつになって、かような表現になったのだとは思います。

 

とはいえ、私も人のことを笑えません。

2年前に若くして逝去された山本さん。

食わず嫌いならぬ、読まず嫌い。敬遠しておりました。何か、若い女の子向けの本、というイメージで。

しかし、亡くなってなお、人々が名前を口にするのを見るにつけ、今更ながら、気になり出したのです。この作家さんは一体どういう方なのか、と。

そういう経緯で、遅ればせながら手に取ったのが本作。


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うゎ、めんど…

山本さんの作品は初めてでした。

徹底して女性の話。男性からすると、いわゆる女性にありがちな面倒臭い・関わりたくない(!?)女性 with 独自のロジック、が表現されているように感じられました。

 

本作は、表題作「プラナリア」をはじめ、短編の「ネイキッド」「どこかではないここ」「囚われ人のジレンマ」「あいあるあした」の計5作を所収。

最後の「あいあるあした」を除き、主人公は女性。

どの作品でも主人公は、全体的にニヒルで、流れに身を任せ、そんな自分に自己嫌悪しつつ、でも流れに逆らうこともせず、そんな宙ぶらりんな状況だけは冷静に明晰に把握している、そういう女性たちです。

その最北は、表題作「プラナリア」の春香だと思います。25歳にして乳がんを患い、乳房を切除。幸い命はとりとめた模様も、乳がんになんかなったのは、肥満を許した両親のせいだとか当てつけてみたり、会社を辞めてプーのままだったり、せっかくバイトとして雇われた和菓子屋での仕事も無断欠勤の末辞めたり、やりたい放題。

 

負のアイデンティティ、あるいは時代のエートス

乳がんだって親が悪いわけでもなく、働かないといけない状況、というのも分からいでもない。でも作品の最後に語られる「うん、私、乳がんだから」というひとこと。ここが心を揺さぶります。

 

乳がんアイデンティティだという点が語られますが、そうした負のアイデンティティを引きずる様子に、いち読者として戸惑ってしまいます。そしてきっと周囲が戸惑うからこそ、こうした負のアイデンティティが負のアイデンティティとして成立するのでしょう。

同じような状況は、浮気をされたいわゆる「サレ女」だったり、誤解を恐れずに言うと「ブラク」だったり、あるいは「(元)ヤクザ」だったりが考えられるかもしれません。

一般に人が遭遇するとは思えない状況でカミングアウトする。素性を知る周囲が嫌がり、素性を知らない周囲が驚く、そこに話者の快感があるのかもしれません。空気が凍る瞬間。

それは結構な歪みのようにも思えるものの、「自虐」のそこはかとない快感が分かるのであれば読者の中にも素質があるように思います。自分を貶め、相手が困る、それが気持ちいい。

 

そして、そうした日の当たらない感情に光を当てたことは、文学作品としては新しかったのかもしれない、と考えました。分からんけど。

 

あるいはこの「諦め」感が時代のエートスだったのかもしません。

バブル崩壊後の日本。金融機関の破綻や、マイナス成長、高失業率など、個人の努力だけではどうしようもない世情。その中で浮遊するような生き方も、今から振り返れば「集団」の時代から「個」の時代への変遷の端緒であったのかもしれません。

 

実は他の所収作品もいい

当表題作以外にも、なかなかに難しい女性が多数登場します。その心情の歪みに、尻のすわりの悪さというか、居心地の悪さを感じるのですが、そこもまた人間描写の鋭さといえるのかもしれません。

ちなみに「あいあるあした」は読んでいてちょっとほっとする作品でした。

 

おわりに

ということで山本さんの直木賞受賞作品でした。

実は上を書いたあとで、直木賞の選評というのを見てみました。11人の選考委員のうち、「あいあるあした」を直接言及されている方が2名もいらっしゃった。いや、実は私も居酒屋の主人のお話の方がしっくり来たんです笑 表題作のみならず、作品すべてを評価されるんですねえ。ちょっと驚き。

prizesworld.com

 

こういうのを読んでいたら、ひとり直木賞選考みたいのをやってみたくなりました。ブックオフで選考作品を買いそろえ、一人で論評するとか。今年の連続休暇でやってみようかしらん。

 

評価   ☆☆☆☆

2023/06/04

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