海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

死を前にして、あなたは何を思うか |『WEHN BREATH BECOMES AIR』PAUL KALANITHI

うちの娘の高校入試(帰国)でのこと。

英語インタビューで、「最近読んだ印象的な本は?」と聞かれ、挙げたのが本書とか。どや顔でリコメンドしたそうです。曰く「5回は繰り返し読んだ」そう。

 

その後、私のスピーチクラブで他のメンバー(三十代)が本書に言及していました。

 

むう。複数人がお勧めするとなれば何かあるはず。

ということで、娘から借りて読んでみた次第です。

 

結果、良かった。内容は陳腐であるかもしれませんが、死に関する省察は定期的にするべきだと、改めて感じた次第です。

 

はじめに

死を受け入れる。

皆この事実を忘れたように生きていますが、死は確実に、そして平等に誰にでも訪れます。

“Dying in one’s fourth decade is unusual now, but dying is not.”(P.215) 「30代で死んじゃうのは普通じゃないかもしれない。でも死そのものはありふれたものだよ」

 

脳外科医として将来を嘱望されていた筆者は、三十代後半で妻と幼子、そして本作を残し、この世を去ります。

 

あらすじ

本作は、インド系米国人医師、PAUL KALANITHI氏による著作。スタンフォードで文学修士を得たのち、再び医学生としてイエールおよびスタンフォードで学び、研修医を終える直前に肺がんが発覚。治療の傍ら死の直前まで、自分の人生や死についてのスタンス等を書き綴ったもの。

 

死を前にしての思い

死を前にして、皆さんは何を思うか。不治の病を宣告されたら、どうするか。

家族のこと、仕事のこと、叶えるはずだった夢のこと、彼女・彼氏のこと、子どものこと、親のこと。これまでかけた迷惑への慚愧、これまでの支えや援助への感謝、こうした念が走馬灯のように脳裏に浮かぶかもしれません。

 

残された時間を何に使いますか。

 

筆者の場合は、宣告から数年の死への対峙を、本書に結実させ、ありありと描いて見せました。奥様との会話。子どもを設けるかどうか。自らの死後には再婚して欲しい旨等。

死を見つめつつ、冷静に、苦しさも悩みも、一冊の本に込めつつ、死を見つめる姿勢を世に残してゆきました。

 

誰もが死を迎えるという事実

他方、これは全く他人事ではない、ということは皆さまご理解いただけると思います。

 

私も30歳を過ぎてから、20年弱で4回の手術を経験しました。その都度同意書に妻もろともサインさせられ(「仮に死亡することがあっても病院を訴えることはしません」云々)、入院の度に、この自動扉から戻ってこれないかもしれないのだ、と思いつつ手術に臨んできました。

幸いこうして呑気にレビューを書いていますが、これが明日、突然終わっても何の不思議もないのです。

 

これは皆さまも同等です。その時は突然来るかもしれません。キャリアの絶頂時に来るかもしれません。あるいはキャリアの駆け出し、否、もっと前かもしれません。

他人にああせいこうせい、という気はありません。ただ、私自身は、そういう瞬間を想像しながら、バケットリストの実現化、リストの順序替えをシリアスにやらねばなあ、と感じました。もう悔いもあまりないのですが、きちんと生きている姿勢を子どもたちに示したいと思っています。

 

送る側として

加えて、奥様によるエピローグは更に涙を誘います。

自分が愛した人が、徐々に弱ってゆく。もう抗がん剤も試験的な薬剤も効かない。

意識が明晰なうちに本人に確認し、酸素マスクを外し、モルヒネを注射し、死を迎える。

 

このくだりを読んで、もう涙目。自分の妻を送る身になったら自分は耐えられるだろうかと。

 

でも、家族を送る(送られる)という瞬間が誰にも等しく起こるのです。

もちろん、仕事だ転勤だといって立ち会えないこともあるでしょうが。

では、私自身ならどうするか…。痴呆の進んできた父親を見ながら、心が揺れる読了となりました。

 

おわりに

ということで米国人医師のメモワールでした。

流石の文学修士。非常に読みやすく、それでいて美しい英語でした。医学用語に多少手間取りますが、英検2級程度以上ならば是非チャレンジして欲しい作品でした。

 

評価 ☆☆☆☆☆

2024/06/09

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