皆さん、こんにちは。
突然ですが、最近、耳鳴りがひどいです。
2-3年前から耳鳴りがやんわりするようになったのですが、まあストレスだと放っておきました(ストレスがなくなることはない、と)。でもこの春ごろから、結構音量が大きくなってきました。キーンという高音のやつ。
慌ててグーグルで調べてみると、ひょっとしたら薬剤性難聴かなと。アスピリンとかで起こるらしいのですが、私、服用しております。
脳梗塞を起こして、モヤモヤ病と診断されたのが丁度2-3年前くらい。そこからずーと飲んでいます。だとするとまあ、これかもな、と。
だとすると、一生このままかぁ。まあいいけど笑
早く病院行けっていう話ですが、当地のお医者さん、面倒なんですよねー。まずは一般医にいって紹介状を貰ってから専門医に行く。ついでに言えば医療費も高いし(会社の福利厚生でクレームすれば返金されるけど)、正直日本のレベルと比較するとやはり劣るし…(外国に居て、日本と比べるという事自体が愚の骨頂ですが)。
あとは先日読んだみうらじゅん氏のエッセーも放っておく原因のひとつ。もう50代ですから、どこかしらガタがきますし、不完全主義でいいじゃんみたいな笑 あのメンタリティは見習いたいなあ。
さて、本題であります。
はじめに
どちらも短いダニエル書とホセア書。
ダニエル書は12章(節?)、ホセア書は14章(節?)。ということで、まとめて覚え書きを記しておきたいと思います。
ダニエル書:夢解きダニエルの大活躍
バビロン捕囚(紀元前586-538)のバビロンでの話。
ネブカドネザルによる捕囚後、バビロンで侍従として働くことになった4人のユダヤ人の中の一人がダニエル。このダニエルが抜群の夢解釈能力(というか神からの恩寵?)をもっており、バビロンに居ながら、ヤハウェを信仰し、神の加護により見事に数々の困難を乗り越える、というお話(の数々)。
例えば。とある日、ネブカドネザルは自らの像を建立し、これに跪拝しないものは炉の中にくべる、とお触れを出す。当然ダニエルらは従わず。これにより侍従の4人ごと炉にくべられるが無傷で出てくる。その理由をダニエルは、ユダヤの神のおかげ、と涼やかに語る。ネブカドネザルはこれに感動し、ユダヤの神をののしるものがいたら厳罰に処す、と更なるお触れを出す。めでたしめでたし、みたいな話。
それ以外にも夢見とその解釈の話は結構多め。なおダニエルはネブカドネザルに大分可愛がれる。
一つ特徴的だったのは、終盤に天使ガブリエル(9.21)や天使ミカエル(12.1)など一神教にあって、副次的な神性をもつキャラが出てきたこと。
人間にあって神性を帯びたような存在としては預言者がいますが、人間でないあちら側の存在で神性を帯びた存在が出てきたのは記憶にある限りは初めて。
これには何か意味があるのかないのか…。
まあでも、ここ数カ月の〇〇書は、辛気臭い(要は神の口を借りた聖職者による民衆の堕落を嘆く文言?みたいな)文章が多かったので、本書はその点では文学的には面白かったと思います。
ホセア書:エゼキエル書みたい。マンネリ感漂う。
ダニエル書と比べると、ホセア書はもちっと時代を遡ります。捕囚前の、イスラエルが二か国に分裂していた時代のお話。
これもひとつ前のエゼキエル書と同様、ユダヤの民の堕落、換言すれば、淫行やバアル神への崇拝を行うことにより、神の恩寵が失われ、今後数々の災難が降りかかる、思い知れ、みたいな話。予言の預言byホセア、です。数え上げるように悪行の数々が綴られ、今後起こる災難などがセンセーショナルに記されます。
で、これまたエゼキエル書と同様、最後の1,2節くらいに最後に神は許され、ユダヤの民は回復する、という締め方で終わります。
さて、一つふと思ったのですが、淫行、という表現が多い。他民族と交わる、あるいは他人の夫ないし妻と交わると。
ドタ勘で思うのは、身をひさいて、食い扶持を得る女性が多かったのではないか、それほど捕囚前の当地は食糧事情が悪化していたのでは、などと思いました。
考えてみれば、聖職者はその年の捧げものを苦も無くゲットできるわけです(エゼキエル書参照)。聖職者がこうした聖書を編纂したと邪推しますが、民衆は苦労して体に代えて食べ物を得る、この苦労を聖職者は知る由もないのでは?? ようは税金(捧げもの)は量的に変わらず、民衆の手取りは食糧事情とともに減じていたのでは? その収量の乖離が倫理観の乖離へと至り、このような描写につながったとか??
真実は分かりませんが、これまた解説書を俟ちたいと思います。
おわりに
ということで、ダニエル書、ホセア書でした。
今月は更に、ヨエル書、アモス書、オバデヤ書、ヨナ書、ミカ書と進めて参ります。いやあ、まったく聞いたことないですよね。
面白いといいなあ。
評価 ☆☆☆
2025/06/08


