海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

独白の裏に潜む、因縁と業 |『贖罪』湊かなえ

 

いやあ、日本は暑いですね。

皆様お変わりございませんでしょうか。

 

日本の夏は、すでに私の居所の東南アジアより遥かに暑いと思います(因みに私は居所では冷房使用ゼロです)。

確かに、冷房が無いと熱中症で倒れる可能性がありますし、本当に『死活問題』になりかねません。

 

皆様、何卒ご自愛ください。

 

 

ひとこと

湊さんの『告白』を読まれたことのある方なら、類似の雰囲気だなあと感じてもらえると思います。あるいは『告白』パート2か、と思われるかもしれません。

 

つまりは所謂イヤミス系の作品であります。

筋は色々なところに書いてあろうかと思いますので敢えて書きませんが、とある少女の殺人事件を巡り、その友達たちが人生を狂わせていくという話です。

 

独善さがイヤーな感じ

さて。ふと、湊さんの作品の「イヤミス」の「イヤ」の理由が気になりました。いやな気になるのは読後でなく、読中で既にそうなんですが、なぜこんなに作中人物に嫌悪感?違和感?を感じるのか。なぜこんなにいやらしい人物であると感じるのかと。

 

で、私が一番感じたのは登場人物の「独善性」ということです。

本作のメインキャラは女性4人と、その友達だった亡くなった子の母親、計5人です。作品の構成上、各章がそれぞれこの5人の独白の形式になっていることも独善的雰囲気を強める結果にはなっているかとは思います。

 

どういうことか。

この5人が5人とも、「〇〇する方が良いと思った」というような口調なのです。しかし、その感じた・思ったという判断は、コニュニケーションを経て判断したということでなく、そう感じたから・普通そうでしょ、といった印象判断である雰囲気が強いのです。そこに自分を疑う・過誤の可能性を疑うことがないことから、独善的態度の印象が強くなります。

 

また、こういう態度は確かに「ありがち」であることが、読者を(良い意味で)イヤーな気持ちにして離さないのかもしれません。かくいう私の家内や母親も「良かれと思って」動くタイプ。いや迷惑なんだけど・・・、何で話してくれないのかな・・・みたいな。善意から始まる「はた迷惑」と言っては申し訳ないのですが、そういう雰囲気。

 

フィクションなので、多少過剰感はあるのですが、あながち居てもおかしくない位の独善さがイヤーな感じにさせます。

 

シーンが目に浮かぶ映像的描写の妙

もう一つ。

むべなるかな、本作はWOWOWでドラマ化されていますが、映像化が非常に合いそうだなあと感じました。

空気がきれいだと、それだけが取り柄の超ド田舎の街。そこに越してきた都会っ子。その都会っ子と仲良くなる四人。計五人のグループはとある夏休み、学校の校庭で遊ぶ。工事のおじさんという不審者。不審者と手をつないで消えていく都会っ子。

こうした夏の暑い日の状況が自然と頭の中に浮かびました。あるいはこの舞台設定が昭和的日本人に刺さるというだけかもしれませんが笑。

 

なお、キャストを見るとこれまた魅力的な皆様です。読後にドラマで見返すのも乙なものです。

 

おわりに

ということで湊氏のイヤミス系作品でした。

最近キリスト教系の本ばかり読んでいるためか贖罪というとAtonementというキリストが人類の罪を代わりにかぶってくれたという話を想起するのですが、そういうものではありませんでした。

猛暑の今、夏休みの今、舞台設定と同様の季節です。木陰の下や帰省の行き来など、類似の設定でスリラーを楽しんでいただけたら幸いです。

 

評価 ☆☆☆

2023/07/16

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