昭和を駆け抜けた韓国人の、その暴力と性と身勝手さが突き抜けており、ドライブ感に圧倒されました。ただ、読後にはどんよりと胸の底に苦しいものが残る、イヤミス的な(ミステリではないけど)感覚を憶えました。
本作は筆者である梁石日氏が父親をモデルに執筆したもので第11回山本周五郎賞受賞作品。
独善、放蕩、意固地、暴力等、およそ家族を持つのにふさわしくない性格の主人公金俊平が正妻と妾と多くの子供達を成して、また事業でも成功するも、晩年は北朝鮮へ帰国し死去するまでの物語。
正妻の英姫、どうして逃げなかったのか
もっとも印象的なのは、家族(金俊平?)という呪縛のような逃れられない繋がり。
暴力的な夫を持った妻の英姫の逃げ場のない悲しみ。暴力を振るわれ、妾を作られ、妾の子どもを見せつけられ、夫に金策に走らされ、娘も自殺に追い込まれる。そして病気になり死んでいく。家族すら信じない夫は事業に成功するも家族を養う金すら出さなかった。
逃げ出す機会はあったかもしれない。でもそんな精神的余裕もないほどに忙しかったのか。あるいは人生をあきらめてしまっていたのか。読むほどに悲しくなる結末に、彼女がどのような思いで死んでいったのか気になります。
戦前・戦中・戦後の動乱を通じて、常に厳しい立場に追いやられた韓国人・朝鮮人の描写にも胸が詰まります。
在日韓国人モチーフの作品の中でも突き抜けている!?
また本作、ほかの韓国人を描く作品と比べても毛色がだいぶ違う気がします。
日本を舞台に韓国人を描く映画は割と多いと思いますが、主流は昭和のノスタルジーと共に家族の温かみや繋がりを描くことが多いのではないでしょうか。近年の作品を例示すれば、日本人青年と在日韓国人女性との恋愛を描いた『パッチギ』、下町の貧しくも愛すべき家族を描いた『焼肉ドラゴン』が思い浮かびます。しかし本作は、これらとは一線を画し、明るくない。
おわりに
かつて私は、家族を疎み、一人を好んでいました。良き妻を得、ようやく家族を大事に出来るようになりました。そして今は『最後に頼れるのは家族』などと嘯く私を、かつての私を知る人が見れば卒倒するかもしれません。
一方、家族を持つこと・結婚が必ずしもハッピーエンドで終わらないことは小説を読むまでもなく理解できることです。
いまの世の中で、主人公金俊平のような男性は存在しえないとは思いますが、無邪気に「家族はいいぞ」等とは言えなくなるくらい重い作品でした。
評価 ☆☆☆☆
2021/09/14