居所に戻って参りました。
まずもって感じるのはその過ごしやすさ。
熱帯ですが、熱帯夜ではありません。昼でも気温は33度程度。夜だと体感20度代後半。断然過ごしやすい。
脳梗塞再発におびえるアラフィフには有難い環境であります。季節の移り変わりが無いのは少し寂しいのですがね。
ひとこと
長編を読み終わると、大きくため息がふぅー、っとでます。満足感と、読書が投げかける問いの重みとで。
本作『運命の人』はそうした大作に類するものかと思います。
概要
戦後の沖縄返還を巡っての外務省機密漏洩事件(通称西山事件)を題材にとったフィクション、とのことですが、実際には名前を数文字変えた、ほぼ実話と言って過言ではありません。ただ、主人公は新聞社記者の弓成ですので、記者寄りの視点での構成となります。
手を汚しても、真実は知らされるべきか
機密漏洩という題材の下、問われていると感じたことは主に二つ。
ジャーナリズムとは何か、
国益とは何か、
ということでしょうか。
ジャーナリズムという観点では、国民が知るべき事実を入手するためには法を犯しても良いのか、ということが問えると思います。
記者弓成は出入りの外務省内でこともあろうか勝手に極秘プリントを持ち出してコピーする。それどころか外務省審議官の部下と肉体関係を持ち、彼女にさらに極秘文書を持ち出させるということをしました。
彼の至らぬ戦略により、ニュースソースたる外務省審議官の部下がリーク元として特定され懲戒免職となり、ニュースソースを守れないという失態も犯しました。当然ながら両方の家族は好奇の目にさらされることになります。
倫理に悖る取材、違法性は指弾されるものかとは思いますが、他方で政府の行った米国との密約の内容(ザックリ言えば米国が沖縄県民に払うべき補償金を日本政府が肩代わりした)は、米軍基地問題で悩まされてきた近隣住民の気持ちを逆撫でするかの事実であり、世論に問われるべき話であったとも思います。
作中でもある通り、クリーンハンドの法則というのでしょうか、相手の不作法を指摘する本人は、もとより襟を正すべきだというのは、理論としては分かります。このような原則は尊ばれるべきものでしょう。でも、教師や警官・公務員もそうですが、皆人間ですからね、ミスや間違いもあります。私個人は、間違いやミスは責められるべきであっても、そうした職業の方の仕事は否定されるべきではないとは思います。ただし往々にしてメディアや週刊誌は0か100の評価で話題を煽るだけであることが多いのは残念な話であります。
外務省職員が守ろうとしたものとは?
もう一つは国益の話。
裁判では国益や条約締結を念頭に守秘義務を固持する外交官らの頭の固さ?をネガティブに描いていました。密約はなかった・知らないという立場ですが、これは米国で極秘文書が時効を迎えて公開され、日本人研究者によって発見され、眼前に据えられても、否定する姿勢。
職務を全うするという観点では立派なのかもしれませんが、(譬えが良くありませんが)証拠が出てきてもシラを切る不倫男のような印象がありました(書き方なのでしょうが)。また、ここまでして守られるべき利益・国益とは何だったのか、気になります。
作中では沖縄返還関わる費用については時の首相佐藤栄作の功名心(引退への手土産、花道)から、金銭面で日本側が折れ、早急にまとめたがっているというような印象を受けます。
筆者の山崎さんは、外務省職員について、頑迷さ・官僚然とした態度をアピールするかの如く書いていますが、外務省側の言い分も詳しいものがあれば読んでみたいと思いました。
周囲の悲哀の行く末は
そのほか、ドラマを感じるのは、浮気をされた挙句に完全にないがしろにされたままだった弓成の妻由里子とその子どもたち。また弓成と交わってしまったばっかりに仕事も家庭もダメにしてしまった三木。加えて、本土で政争の道具になった当の沖縄県の方々。基地問題はこれまでも、そして今でも事件を生んでいるわけです。
本作は記者弓長が主人公ではありますが、彼の周囲の方々がその後どうなったのか、下世話な話も含めて、ちょっと気になりました。
おわりに
ということで山崎豊子さんの長編力作でした。
国家機密、国益、安全保障、沖縄基地問題、アメラシアン、ジャーナリズム、現代史等々に興味がある方には是非読んでいただきたい作品です。
私は現代史という観点から、別作品を読んでみたいなあと思っております。
評価 ☆☆☆☆
2023/07/28
ジャーナリズムが政治家の悪行を暴くということでは以下の作品がお勧め。
資本主義のなかでのジャーナリズムの困難については以下の作品がお勧め。
貴重なお時間を頂きまして、有難うございました。