夜行列車にはなんだか修学旅行的な雰囲気がありました。車掌さんによるベッドメーク中。
皆さんこんにちは。
バンコクのBang Sue中央駅から夜行列車で国境のPadang Besarへ、そして国境を越えた後、マレーシアのButterworthという街へ来ました。ここまでで約24時間。夜行列車は学生時代に北海道で乗って以来30年ぶりでした。家内は初めてとのこと。
今回はそんな移動のさなかに読んだ一冊。
橘氏の作品は証券会社時代に数冊読んで、こりゃ一般の金融の人より詳しいわと思っていました。
今般Kindle Unlimitedで最近の作品を読みましたが、さらに冷徹で鋭い視点で社会を見つめており、ちょっと暗澹たる気持ちになりました。
ひとこと
いやあ、強く響きました。本当にこんな未来でよいのか。
ほんの一回の通読であり十分咀嚼しきれていませんが、誤解を恐れずに要旨をまとめれば、
・自由でリベラルな社会が(多数にとって)ディストピアを生む。
という事なのだと思います。
何が「無理ゲー」か
筆者は冒頭で、1970~80年代生まれの所謂就職氷河期の方々(まさに私!)の生きづらさ等を例にあげて、彼らの苦境をどうやってもクリアできないゲーム、いわゆる「無理ゲー」にたとえます。
その「無理ゲー」に放り込まれてしまった現代(日本)人は「競争の条件が公平ではないと感じ」、そして「競争の結果は受け入れるとしても、自分がその競争をさせられているのは理不尽だと考え」(P.227)ているわけです。
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私も子供たちには「自分の好きなことを見つけなさい」「やりたいことが見つかるといいね」などと始終口にしてしまいますが、その実、自分だってそんなの分からなかったし、今だって50代を前にして「自分にピッタリの他の道があるかもしれない」などと(ほんの少しだけだけど)思ったりもするわけです。
何が言いたいかというと、自分らしく生きるなんてことは、世に出ている社会人にすらできていない(ことが多い)。それを棚に上げて若者たちを追い込んでいる大人がいると。
リベラルな日本社会では、まさに「リベラルな社会で「自分らしく生きられない」ひとはいったいどうすればいいのか」(P.21)という疑問を突きつけるわけです。
まあ、やりたいことなどそのうち決まるよとか、そんなもの分からないって、ていう風に斜に構えるのもありです。でも社会が(そして親も)「やりたいことは何ですか」とじりじりにじり寄ってくるわけです。こうやって名づける人が出るのも何だかなあと思いますが「ドリーム・ハラスメント」と呼ぶそうです。はあ、息苦しい。
社会を見れば、年功序列も崩れ、能力(やりたいこと)のある専門職(夢を叶えた人?)は高給を手にする。やりたいことがぼんやりとし、自分らしく生きていないと感じながら(自分探しのさなか)、給料も高くない人と、夢を決めて新卒から(その以前から)バリバリと夢を実現させた人の差、これを自己責任とする。そしてそんな競争から逃れる術はない。これぞ「無理ゲー」、というわけです。
リベラルと性愛獲得の困難さ
更に、リベラルな社会は性愛獲得(恋人・パートナーの獲得)にも響くとします。
男性は競争し、女性が選択するという構造は変わらないでしょう。でもこうした「需要」と「供給」のマッチングは崩れ、いびつなものになる。所謂モテる男性に人気は集中し、多くの「非モテ」が発生する。モてる男性に一極集中し多くの非モテがあぶれる状態、筆者はこれを「事実上の一夫多妻制」(P.132)とすら表現しています。
かといって女性とて楽ではなく、男性からすると生殖能力の高い若くて美しい女性に価値がおかれる。そのため、年齢とともに年齢とともに恋愛市場から脱落し、また「よい男を射止めるため」の激烈な競争に女性は放り込まれているという。
いまや、親や共同体がお見合い相手を連れてきてくれることもない。またそうしたものを自分らしい、と感じられることもない。一人でも楽しいと人生を歩むことになるかもしれないし。一人で生きることに「自分らしくない」と鬱々と暮らすことになるかもしれない。
いずれにせよ、どの状況も、リベラルな社会では「自己責任」という事になる。
因みに、「自分らしく」生きたい女性が増えると男性は一層性愛事情では困難になるという。なぜならば女性にとって結婚はデメリット以外の何物でもなく、キャリアは分断され、子供を産んでも離婚されれば慰謝料の支払いは滞り、貧困に追い込まれる。ならば女性は「金の亡者」なのではなくロジカルにステイタスの高い男を選ぶ場ざるを得ないということになる。
自分探しを続けるなかで金銭的に恵まれない男性は、結局女性にあぶれることになる。当然人口減少は起きるし、国としての活力は落ちてゆくと思われます。
格差修正の手段
では、こうした状況を打破することはできるのか。
自由主義、資本主義の現在の世の中。これを現体制を否定することはあまりにも享受してきたメリットを否定することになるとは思います。
ここからは制度の修正・調整の話になりますが、このあたりはちょっと良く分かりませんでした。
例えば、ベーシックインカムは取り上げられていましたが、働く意欲を削ぐかもとの話。また負の所得税は働くモチベーションをそこまで削がずに基本的な収入を保証するもの。
政府による雇用保障や職業の割り当ても検討されていますがに、個人の納得感(「自分らしさ」「誇り」)を付加することが出来るかは不透明。確かにです。
この後、議論は相当度に膨らみ、資本主義からAIを使った共産主義、みたいな話になります。ロジカルに考えるとそれがよかろう、みたいな話らしいです。このあたりはもっと勉強しないと議論についていません。
おわりに
ということで橘氏による刺激的な作品でした。
なんとも暗澹たる気持ちになる作品でした。ただ、部分部分で頷くところが多く、これからの子どもたちにどういう社会を残していくべきか考えねばなあと感じました。
政治家はどう考えているんでしょうか。
今後の社会の在り方に憂いを持つ方には是非読んで欲しい作品です。
評価 ☆☆☆☆
2023/12/16