カティンの森事件という事件をご存じでしょうか。
第二次世界大戦中、約1万人のポーランド人将校がソ連公安当局によって虐殺されたといわれている事件です。
事件発覚以降戦後も引き続き、ソ連に進攻したドイツ軍の仕業であると言われていました。しかしゴルバチョフのペレストロイカにより、ソ連軍の仕業であることが50年の時を経て明らかになったものです。
こちらも世界史の講義で知り、より内容を知ってみたいと思い購入に至りました。
いわゆるカティンの森事件を題材にしたフィクション。全編通じて美しくも陰鬱な雰囲気に満たされた内容でした。
とはいえ、カティンの森事件の内容を説明するものではありません。当事件に巻きこまれた男性の家族の、彼を「待つ」その心情のコントラストを描く作品です。
あらすじ
物語のあらすじをざっと言えば、カティンの森事件で家族を亡くした3世代の女の話です。出征した息子の帰りを信じている母ブシャ、夫の死をほぼ確信するも貞節を守りながら未亡人として生きる妻アンナ、父の死を受け止めつつも寧ろあらたな人生を切り開きたい娘ヴェロニカ。彼らに訪れる戦後の動乱と人々の心象を描くもの。
一生喪に服するべきか。故人の為にも幸せを求めるべきか
やはりやるせないのは、解消されざる母娘の「今」に対する感情。母アンナからすれば残りの人生はまさに「敗戦処理」に過ぎない。一方娘にとっては、白紙のノートブックのような人生が開こうとしている。その考えの違いが家庭内でも不協和音を奏でます。
「母は、苦しみを独占する権利があるという想いなしではいられないのだ、そうすることによって、喪失の痛みを人生のたった一つの意義に変えているのだと。彼女のただ一つの愛の対象が帰ってくるという望みを絶たれ、最後までその愛に忠実になろうとしながら、母の選んだのは、犠牲とならずに済んだものへの憎しみと遺恨だった」(P.243)
自分が幸せでない時、他人の幸せを祝福することは難しいことが多いわけですが、この違いが母娘に起こるところに、運命的ともいえる悲劇性を見て取れます。娘ヴェロニカは自身の恋愛をせめて家族に祝福してもらいたい一方、母アンナは厭世的な発言が多い。
やや作りすぎの嫌いはあるものの、娘ヴェロニカの恋人が更なる犠牲者を生み出し、また彼自身体制の犠牲となることで最終的にヴェロニカも母の立場を理解するようになります。つまり、悲劇は繰り返されることになります。
ポーランドという国の歴史的な悲劇
また読中、ポーランドという国の経緯についても、つくづく何とも言えない思いになりました。
ロシア、プロイセン、オーストラリアの3列強による3度の国土分割を経て、第2次世界大戦ではドイツとソ連により通算4度目の分割を経験することになります。加えて、アウシュヴィッツはユダヤ人虐殺の現場となり、ポーランド人将校はロジアのカティンへ連行され虐殺される。戦後はソ連の影響を受けた共産体制の下、真実を探ることも許されない。
また物語では妻アンナは、夫の名前がカティンでの死亡者リストに名前が誤って掲載されていたことから、夫の死亡も認定されず、恩給の代替受給も許されず、厳しい立場に追い込まれました(この誤報に一縷の望みを託す点がまたなんとも・・・)。
おわりに
実に重苦しい作品でした。
この家族の救いの無さは、胸にどんよりとした嫌味を残す一方、なぜポーランドはこのような他国の蹂躙を受けることになったのか、なぜロシアは虐殺の事実を隠したのか等の歴史的事実とその背景も知りたく思いました。
ヨーロッパ史、東欧史、近現代史に興味がある方にはおすすめできる作品だと思います。
評価 ☆☆☆
2021/12/03