ひとこと
終始、腹の底で不活発な疼きを感じる読書体験でした。
例えていうならば、結論の読めない単館映画(それも東欧あたりの)で、主人公とその周辺、美しい情景描写が淡々と続く感じ。
オクラホマの片田舎出身、大リーグに憧れるマイナーリーガーのロンが、夢破れ、やんちゃが治らず、精神疾患を患いつつ、冤罪に巻き込まれていく様を描きます。その筆致があまりに淡々としていて、余計に恐怖を感じました。これがほんの20年ほど前に終わった出来事なのかと。
ノンフィクションです
ということで、本作はいわゆる冤罪を扱ったノンフィクション作品です。筆者ジョン・グリシャム氏はリーガルサスペンスで有名な作家。私は手に取るのは今回が初めてでしたが。
いつツイストが起きるのだろうかとワクワクしながら読むのですが、主人公のロン以外にも冤罪で窮地に追いやられる人が続々と登場し、あれ?これひょとしてイヤミスか?などと思いつつネットで検索し、ようやくノンフィクションであると気づきました笑
先進国のイメージとのギャップ。米国よ。
しかし恐ろしいのは、このような冤罪が覇権を唱える先進国米国で起こったということではないでしょうか。刑事の思い込み捜査と検察のストーリーありきの展開が実に恐怖。声だけ大きくて思い込みが強い人が偉くなるってのはビジネス世界ではままあることですが、公権力を持った人がこういう人物だと恐怖以外の何物でもありません。事件は1990年代に大きく展開しますが、75年生まれの私からすると、青年時代のつい先ごろの話ですよ(いや相当昔ですね)。
もちろんナンバーワンの国とはいえ、経済力・政治力などとは別物の地域文化などが本件に影響していることは間違いないと思います。ましてやあれだけの国土の広さと独立独歩の精神を誇るお国柄です。
それでもなお、このロンの件だけでも3人もの冤罪の容疑者が収監されていたことを思うと、認知されていない冤罪者の数はどれほどに昇るのかと疑問を禁じえません。ぞっとする話です。逆に犯罪者からすれば「逃げ切れる」という自信を与えてしまう事象が往々に発生していることになります。
懐の深さ、すごい
他方で、これが米国の懐の深さなのかと感じ入るのは、それでもロンを支える人が多く存在するということだと思います。やんちゃが治らず、ふらふらし、果ては死刑囚となるも、弟を信じ続けた姉アネットとレニー、そしてその家族たち。ロンの精神疾患を強く訴え特別病棟へ移そうと努力したフォスター医師、死刑執行に対して人身保護令状請求に手を尽くした貧困者弁護を行う弁護士ジャネット、これを公平な目で判断したシーイ判事、冤罪者を救おうとする<イノセンス・プロジェクト>の二人の弁護士ビーターとバリー。それ以外にも多くの無名のサポートがあって、最終的に冤罪が冤罪として認められたのだと思います。
おわりに
その後ロンは賠償金をせしめ、その金で遊びまわり、姉たちを再び困らせますが、最終的に肝硬変で早世します。家族の視点で考えると、悲しいけれど、一番きれいな終わり方だったかもしれません。冤罪は晴らされ、これ以上の汚名を作ることもなく、本人はやりたいように生きて、亡くなる。
ということで、上下巻にわたるなかなかのボリュームですが、あっという間に読了。手に汗を握るサスペンス、ツイストの効いた刑事ものもよいですが、社会の闇を克明に描くノンフィクションもたまにはいいですね。秋の夜長にどうぞ。
評価 ☆☆☆☆
2022/12/07
米国の良心、というとピュリッツァー賞受賞のこちらを思い出します。
米国の恥部を激しく描写する作品も思い出しました。