皆さん、こんにちは。
陽気なギャングシリーズ(っなんて言うのかどうか…)第三弾をようやく手にしました。
第二弾まで読み返したときは4月でまだ入院中でしたが、こうして家で読書ができること、誠に有難い限りです。
第二弾を読んでいるときに作品についてググっていて、第三弾が出ていることにようやく気付き、早速購入したものです。
はじめに
9年ぶりのシリーズ第三弾。
今回もギャング四人組の個性が光りますが、もはやギャングでもなく、何だろ?勧善懲悪のロビンフッド的グループみたい!? それもまたよろし。
あらすじ
嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女、の四人組が活躍します。今度は悪徳週刊誌ライターが相手です。衆愚に付け込んで、一面的なゴシップ記事を作成し、対象を打ち叩くライター。
このライターが、ふとしたことから銀行強盗を働くこの四人組に勘づき、揺すってくる。そして反論できずにいるうちに、このライターは4人の身辺調査を行い、ライターの持つ多額の借金を彼らに肩代わりさせようという魂胆。さもなければ、匂わせゴシップ記事で4人の生活(含む家族)を滅茶苦茶にする、と脅します。
報道の正当性と資本主義について思う、、、
そんな筋書きを読むにつけ、何やら昨今の文春砲であるとか、つばめの党を思い起こしました。
人の不祥事・不芳に徹底的にポジションを張り、人の数パーセント、いや、0コンマ数パーセントをあたかも100%でもあるかのように叩く。
悪事が裁かれるのは当然ですが、一般市民がSNSを駆使して人を批判する。どの面下げて人を批判できるのか、私は疑問に思います。こういうのを私刑(リンチ)というのであって、法治国家というのはこれをなくすために法を制定するのではないか、と思っていました。
もちろん、SNSによって、一般的な資本主義の軛から自由な個人が、これまで報道されなかった不正を暴く風穴をあけたことは否めません。一方、節度のない情報・偽情報があふれ出てきたことは言を俟ちません。
マスコミであっても、飽くまで報道としての暴露は分かりますが、1を100とでもいうような記事を取り扱えば、それは「攻撃」「毀損」「侮辱」でありましょう。難しいのは、読者がこうしたセンセーショナルなものを求めているというのは一理あるわけです。そして、資本主義として顧客が喜んでお金を出すコンテンツを作るという姿勢は、マスメディアであっても同様だということです。
他方で法律でこうした報道を押さえつけると、これはこれで報道の自由を損なうということになる。とどのつまりは、煽るがごとくのゴシップ記事が売れる・アクセスが伸びるというのは、そういう民度ということになります。
さもなくば国営放送が税金で運営し(てかNHKあるしね)、不偏不党の報道を目指す。ただしこの場合、お金の出元である政府機関への忖度は発生する。
なかなか難しいものです。
・・・そういう状況なので、個人単位での最大の防衛は、SNSとかやらない、有名にならない。なんつって。
おわりに
ということで、シリーズ第三作でした。
作品のこと、殆ど書いていませんが、安心してください。しっかり面白いです。何も心配せずに買って読めばいいことありますよ。
評価 ☆☆☆
2024/05/25