海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

短編でも、随所に光る谷崎的エートス|『美食倶楽部 谷崎潤一郎 大正作品集』谷崎潤一郎 編:種村季弘

本作も、我が母親のスーパー積ん読文庫処分品から救出された一作。

母親に聞いたところ、生協(食品とかの宅配の)に本のカタログがあり、そこで気になる本を買うそうな。

 


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谷崎潤一郎のイメージというと、耽美、エログロナンセンスあたりが思い浮かびます。

私も若いころ「痴人の愛」「卍」「細雪」らを読んで、驚嘆した覚えがあります。いわゆるフェティシズムのはしりといえるかもしれませんが、明治生まれの人があそこまで極端な性癖を文章として露出できることに感激したものです。といっても内容は概ね忘れてしまいましたが。

 

さて、本作「美食倶楽部」は、表題作を含め7作品を収録しています。

個人的に面白いと感じたのは「白昼鬼語」「美食倶楽部」「友田と松永の話」あたりです。

 

「白昼鬼語」は語り手の私が、神経症的な友人園村の「これから、殺人が起こる。一緒に見に行こう」という誘いから展開するツイスト満載のエンタメ小説。美しき殺人者と恋仲になりそして彼女に殺されたいという、これまた常軌を逸した園村の発言は谷崎作品ならでは。

 

「美食倶楽部」は、いわゆるグルマンの集まりである美食倶楽部のリーダーの、とある一日の一シーンを切り取ったもの。主人公、全国の美食を食い尽くし飽き飽きしているさなかに漂う芳香に気づきます。香しい匂いに誘われて辿り着いたのは「浙江会館」。メンバー限定のクラブの中からです。どうしてもそこで供される料理が食べたい、きっと本場の本物の中華なのだろう。主人公があの手この手でなだめすかしておすそ分けを勝ち取ろうとする苦心のありようといったら涙がでます笑。これもまた、やっと時代が谷崎に追いついたかのような描写でした。ほら、ガチ中華っていうんですかね、人気らしいじゃないですか。

 

「友田と松永の話」、こちらは、奈良の旧家の奥さんから主人失踪につき相談がある話。主人公は心当たりがあり探りを入れる後に、大変な事実を最後に告白されます。

 

もうだいぶ読みづらく感じます

それから少し感じたのは、もう大正時代の言葉は古語になりつつあるのかな、ということです。普通の現代文だとすらすら頭の中に入ってくるのですが、候文だったり時代がかった言葉遣いが多く、口の中でぶつぶつ読みを確認しながら読んでいて、読書スピードが全然出ませんでした。挙句寝落ちも多発。

内容は面白いのですが、うちの子供たちなんかは素で楽しむことは出来なさそうです。きっと「読めない」とか言い出しますね。かといって谷崎を現代語訳する!?それもなあって思います。

10年後、20年後、そのころの若者たちにも谷崎をそのままで味わって欲しいなあと思いました。

 

おわりに

ということで久方ぶりの谷崎作品でした。

内容は実に現代的、言葉遣いが現代人にはやや難あり、といったところ。

日本の近代文学が好きな方、ぶっ飛んだキャラが好きな方、やや古風な言葉遣いに拒否反応がおきない方にはお勧めです。

 

移りゆく言葉遣いと時代に、一抹の寂しさを感じた初春の休日でありました。

 

評価   ☆☆☆

2023/02/18

絵入りで、文字が大きくて見やすい |『退院後の生活を支える本 脳梗塞の再発を防ぐ』監修:岡田靖

もうこれ、完全に私のためだけの読書で、皆さまの参考になる気がしません・・・。

普通にスルーしてくださればと思います笑。

 


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軽度の脳梗塞の経験者です。

私は幸い、麻痺も残らず、入院もせずに済みました。しかし、一時でも麻痺・呂律が回らなくなる経験をすると、もうその後の再発が怖くして仕方ありません。

で手に取った本書。

 

これはもうムック本的に劇的にわかりやすい

何というか、患者やその家族が知りたいことが本になった、と言ったらほめ過ぎか。

病気の内容やメカニズム、クスリの種類とその強さ、予後の生活改善や食生活、そしてリハビリ等々が大きな文字と絵でコンパクトにまとまっています。

一応章だても紹介しますと、

一章:再発の怖さ、

二章:退院後の不安を解消する、

三章:血栓を予防する薬物療法と生活改善、

四章:ひとりでできるからだと心と脳の運動、

という四つです。

 

病気にならないのが一番ですが、万が一同様の症例に見舞われ、不安を覚えるのならばまずはこの本はお勧めできると思います。

 

評価     ☆☆☆☆

2023/02/13

コロナを経て現実味が増すノマド的生き方 |『ノマドライフ』本田直之

お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、最近、(今いるところとは違う)海外で、雇われないで生きていけないかと思案しています。

 

オンラインで仕事をするとか、はたまた地域密着とか、色々な方法や可能性を考えている最中です。数年がかりの検討にはなるとは思いますが、そうした中で出会ったのが本作であります。

 

因みに、個人的にはこの手のビジネス本・自己啓発系の本は苦手です。でも食わず嫌いはいけません(本でも)。昔から子供にも言っていたことでもあります。

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ノマドワーカーという言葉が市民権を得てからしばらく経ちます。

国や場所を選ばず仕事をするというありかたですが、一般サラリーマンからしたら、遠い世界の話にも聞こえたものです。

 

確かに、昼間から喫茶店などで、こぎれいなジャケットを着こなしノートパソコンをカチャカチャやっている青年をしばしば見かけることがあります。でも、私のようなおじさんからしたら、もう得体の知れない仕事の仕方でありました。

 

そういうわけで本書のような作品を手に取り、問いたくなりました。

一般人も、否、私でもノマドワーカーになれるのだろうか、と。

 

一般リーマンのノマド化は平坦ではない!?

読後の感想からしたら、むむぅ、なかなか厳しいぞ。とこうなります。

少なくとも著者のような華々しいやり方は無理。自分の会社、他の社外取締役、趣味が高じて講師稼業。って、そのどれか一つでもできれば御の字って思ってしまいます(まあそれはノマド的ではないのですが)。

 

考え方は示唆に富む

但し、作中には会社に依存しない生き方という観点では示唆に富む内容であったように思います。

幾つか掻い摘んでみると・・・

ノマドになる前に複数のベースインカムを確保する。意図的な降格(乃至は昇給の拒否)を行い、自由時間を確保する。定型作業等の非クリエイティブ業務は極力効率化する。その効率化で空いた時間をさらに有効活用する。物価の価格差を利用して高物価地域で収入を得つつ消費は経費の軽い地方で済ませ、グロスの増進ではなくネットでの幸福度を狙う。

 

どうです? 私は概ね同意できる意見かと私は思いました。まあ、さらにこうして得たノマド的ライフスタイルそのものが商売のタネになるっておっしゃってますが、そこまではどうかなあとも思いますが笑

 

家族持ちには厳しいぞ、たぶん

他方で、やはり家族持ちにはノマド的生活は厳しいかなと感じました。

子育て・子供の教育というと、金銭的にも物理的にも安定というファクターは重要になるかと思います。その点でいうと、ノマドライフは単身者ないしは扶養義務のない方に有利なスタイルであると再確認した次第です。

 

おわりに

ということで、ノマド的生活の指南本でした。

本作は2012年初版ですが、実際に筆者のいうような生き方はコロナを経て大分現実感があるものになってきたように感じます。リモートで仕事を行い、データ保存はクラウド上のファイルサーバに、そして打ち合わせはZoom, WebEx, Teamsで、というスタイルです。

ただ、自立する、会社に雇われない生き方、というのはやはり難しいですねえ。改めて、俺何ができるかな、と自問する今日この頃であります。

 

評価     ☆☆☆

2023/02/12

食堂や食べ物の話はよし、ストーリー展開は入り込めなかった|『食堂かたつむり』小川糸

小川糸さんの作品はこれで二作品目。以前読んだのは「ツバキ文具店」という、手紙の代書屋を営む女性が主人公のとても可愛らしい作品でした。

その時の印象をもって本作を手に取りました。

 


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で本作。感想は、曇りのち晴れ、いまいちだったかなあ。

 

料理・調理の描写が素敵

先ず、好きなところから。

料理の話がいい。本作、自然に囲まれた田舎で、素朴で丁寧なレストランを開いた女性の話ですが、食べ物の話は基本好きです。

食材や調理法の描写がとても繊細で細かいんです。季節の野菜やその取り合わせ、煮込み具合とか。また、豚を一頭丸ごと解体するのですが、部位の名前をこまごま挙げて解体していくんです。ほら、焼肉屋さんとかに牛とか豚とかの姿に部位の名前が書きこんである絵とか、よくありますよね。一向に覚えませんが、どこの肉かを絵で確認しながら食べると(個人的には)おいしさもひとしおですが、そんな感じ。

 

調理の細かさって、本当に素敵だなあと感じます。

私はせかせかしていて料理はスーパー大雑把。先日コロナで家内が寝込んだときに、私が17年ぶりくらいに鍋を振るいましたが、娘からは大不評でした泣 逆に調理師資格をもつ家内の調理の様子を見ているといちいち細かい!切り方とか煮方とか(当たり前!?)。そのおかげで毎日おいしいご飯が食べられるのですが。

だから本作の主人公の丁寧な仕事ぶりとその描写は、きっとおいしい料理に仕上がるのだろうなあと想像しながら楽しめました。

 

あと、ほっこりさ加減は半端ないですね。本作が小川さんのデビュー作だったことは後に知りましたが、「ツバキ文具店」でも遺憾なく発揮されていたほっこりさは、本デビュー作では特盛くらいな盛りようであったと思います。

 

主人公の心情に寄り添えず泣(当初30頁)

これはなあ、という点についても。

どうしても気になったのが、主人公の切り替えの早さ。とりわけ失恋からの。

ある日家に帰ると、同棲していたインド人の彼氏が消えていた。しかも一切合切の家財道具までを持ち去っていた。・・・と、ここまでは(珍しいにせよ)あるかもしれない。で、この時点で恋人は戻らないことを確信し、即座に家を引き払い、そして即座に実家へ帰るバスに乗り込むという展開。

どうでもいいことかもしれないけれど、私はここに強烈に引っかかりました。

女性って男性よりさばけているっていうけど、恋人にトンづら持ち逃げされて、落ち込まないのかなあって思ってしまいました。勿論主人公の倫子もショックで声が出なくなってしまうし、実家に帰っても鬱々としているシーンも描かれています。でも私なら、がらんどうの部屋で、膝でも抱えて2日くらい、泣きながら過ごしそうな気がします。セルフネグレクト的に断食とか、逆に暴飲暴食とかもやりそう。

ましてや家で同然で出てきた実家にのこのこ帰るという選択肢はちょっと考えづらいかなと。二人でのレストラン開業を夢見て、現金で家にお金をためておき、それらも丸ごと持ち逃げされたのだから、実家に帰る以外に道がないのは仕方ないかもだけど。住み込みで配膳のバイトとかすればいいじゃん、とか思っちゃうんですよね・・・。

こうした冒頭30ページ程度の一連の展開に、違和感を感じてしまい、後々まで感情移入を妨げた感がありました。

 

あと、全般的に性善説に基づく展開が、読者をやや食傷気味にさせた気もします。

主人公倫子が懸命にパンを焼けば、気難しいグルメな豚も喜んでそれを食べる。拒食症のウサギも、倫子の想像力、エサやり、そして一晩中の抱擁で回復する。不仲だった母娘の仲も、母の死後、置手紙を発見して、誤解が解ける。そして涙。

ここまでうまく展開すると、もうメルヘンな感じかなと。

 

おわりに

ということで小川糸さんのデビュー作でした。

小説に対して、現実とは違う(かけ離れた)世界を求めているのならばこれは素晴らしい素敵な世界を提供してくれると思います。ほっこり。

現実の厳しさやリアリティも小説に欲しい場合は、うーんちょっと、となるかもしれません。

でも、食べ物、調理、食材などが好きな人、そんな方々はそれでも楽しめると思います。

 

評価   ☆☆

2023/02/11

「私」の視点から語る戦後昭和史|『戦争が遺したもの』鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二

私の母親のスーパー積ん読文庫(処分済み)から救出された一冊です。

思想系の作品が気になる私にはビビビとくる著者のお三方であり、手に取った次第です。

 


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対談集だけど良かった

対談というと、大抵話者の言いたい内容が散逸し、やっぱり単著を読めばよかったとがっかりすることが私よくあります。

本作はどうかというと、かなり良かったのですむしろ、雑談や話が逸れてしまうことをその価値としているように感じました

 

鶴見俊輔氏、全てを語る

本作は上野千鶴子氏(元東大教授)と小熊英二氏(慶大教授)が、昭和の知識人たる鶴見俊輔氏を三日に渡り囲み、彼の辿った昭和を振り返るという対談集です。

 

鶴見氏というと、戦中にハーバードを卒業しプラグマティズムを日本へ紹介したことで有名であります。またベ平連を率いていたということでも名前を見たりもします。京大、同志社大東工大で教職に就かれていた経験もおありです。

 

そんな彼が、どのように戦前、戦中、戦後を過ごしてきたのか、米国で収容所へ入れられたとき、交換船で日本へ戻ってきたとき、徴兵されてジャカルタへ派遣されていたとき、同人を作り雑誌を発行していたとき、ベ平連を組織していたとき、どのように思い、どのように感じていたのかをつぶさに聞き取りされています。

 

鶴見氏のこゆい体験そのもので十分面白い

で、鶴見氏の幼少期から青年期の母親との関係のこじらせ方は結構ぶっ飛んでいて面白かったです。また女性との関係の取り方も頑固というか、もうおかしいんじゃないかこの人、というくらい偏っていて、色々な意味ですごい人がいるのだなあと感心した次第です。

 

また、彼の目を通じて語られる都留重人丸山眞男小田実吉本隆明らの発言や思い、鶴見氏から見た印象は、モノクロの戦後混乱期や学生運動の様子を、あたかもカラーで見ているかのようなビビッドさを読者に感じさせるものでした。

 

<私>の部分を含めて、やっと全「歴史」

でも、それらを超えて目から鱗が落ちる思いだったのは、「トータルヒストリー」という考え方です。

 

対談二日目の夜ご飯時の雑談でこの話題が出ています。曰く、「公」のみならず「私」を含めてやっと十全な歴史が成り立つ、という考え方です。

 

例えば鶴見氏をとらえるとき、その「公」的な学歴や職歴だけを見ると、氏の人となりはおそらく数分の一しか伝わらないと思います。でもこのようなざっくばらんな対談集を読むと、相当な奇人(貴人)であることが分かります。これらを含めて新たな鶴見氏の像が立ち上がってくるわけです。

 

そういうこともあり、本書は裏話などの「私」の部分であふれている昭和史であると言えます。

 

歴史の可塑性を考える

そう考えますと、歴史というのは実に表面的な内容しか残らないものだと感じます。誰が、どうした・何した、だけしか伝わらないと。

 

ところが、実は、「どうして」、という部分の方が人は良く興味を持つのかもしれません。そしてその「どうして」が往々にして後世に伝わらない。どうして戦いを敢行したのか、どうしてその結婚をしたのか、どうして約束を破ったのか。等々。

 

だからこそ歴史ドラマでは新たな解釈も生まれ、現代人が過去に思いを馳せることができるのかもしれません。

 

 

歴史というと、一つの固定的な事実のようにも思えますが、「公」的な内容をまとめるだけでやっと半分、しかもその「公」の部分であっても、まとめる人のポジショニングにより歴史はその形を変えると言えます。むしろ歴史は、縁取りした水泡のごとく、常に大きくなったり小さくなったり、その姿を変えつつ、展開しているといっても良いかもしれません。

 

ふと、以前読んだ息子の中学国語の教科書を思い出しました。インターネットとSNSの価値を論じるお話が載っていたのです。曰く、大衆のその都度都度の記録が残ることがSNSの大きな価値の一つだ、という内容だったと思います。読んだ当時は、ブログとかSNSとか、よくもまあそんなものに価値があるといえるなあと思ったのですが、トータルヒストリーという考え方を知ると、その記録は、歴史の「私」の部分を充実させる貴重な手がかりになりうると、すかさず翻意した次第です。

(もちろん、どうやったってすべての内容は知りえないという不可知論もあろうかと思いますがそれは擱いておきます)

 

おわりに

ということで昭和現代史を「私」的に振り返る作品でした。トータルヒストリーという考え方にえらく共感したと同時に、著者のお三方に一層興味を持った読書でありました。

 

昭和戦後史、歴史学社会学等に興味のある方には楽しく読んでいただけると思います。

 

評価     ☆☆☆☆

2023/02/09

激動の明治大正昭和を駆け抜けた、いち翻訳家の生涯|『アンのゆりかご』村岡恵理

先日、齢80を迎えようとする母のスーパー積ん読文庫を、実家へ帰ってきた私の姉が処分するべく整理していました(一応母の希望)。その中から面白そうなものを数冊救出して、こっそり読もうと思った中の一冊が本書であります。

ちなみにこのスーパー積ん読文庫は合計ミカン箱3つくらいになり、めでたくブックオフに引き取られました。大体7,000円くらいになりましたでしょうか。高い本ばっかり買ってんなーって思いました笑


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ひとことでいうと

本作の主人公は翻訳家の村岡花子さん。赤毛のアンを翻訳した人、といえばすぐに通じるでしょうか。彼女の生涯を扱う作品です。

ただ本作、いち翻訳家の生涯というよりも、むしろ、一女性の目を通して綴られる明治・大正・昭和の女性の自立・地位向上の話、といってもよいと思います。

それほどに、熱く激動の人生を生きた女性であったと読後に感じました。

 

明治大正昭和の三時代を駆け抜けた職業婦人

貧乏だった家庭で唯一学校通いを許された花子。キリスト教系の東洋英和で女性宣教師からみっちり英語を叩き込まれ、図書室で洋書を貪るように読み、外国に行くことなく英語を話せるようになったエピソード。日本にはヤングアダルト向けの自己陶冶的小説が少なく、自らを筆をとり文筆家をスタートさせたこと。自らの進学後一家離散となった家族のため、卒業後も必死で稼ぎに出たこと。日本女子大創設者の広岡浅子の伝手で、市川房江など女性進出のパイオニアと知己を得ていたこと。キリスト者でありながら、妻子ある身の男性と恋に落ち、所帯を持つに至ったこと。震災で夫の会社が傾き、家の生活費を自らが稼ぐ決意をしたこと。一粒種の道夫を病気で亡くしたこと。良質なヤングアダルト小説を子供たちへ届けたい一心で、空襲のさなかでも、敵性言語である英語で書かれた“Ann of Green Gable”の翻訳に注力したこと。戦後は一層、赤毛のアンシリーズの翻訳に取り組んだのは言うまでもありません。

 

東洋英和での学生時代の話を除くと、花子は断続的に苦境・逆境に襲われるのですが、もがきながらもたゆまず前進を続ける様子には胸が熱くなります。

 

日本語のセンスを磨くべし

加えて驚くべきは、花子が日本語、わけても詩や和歌に注力していたことです。なんと和歌・詩歌で有名な歌人佐々木信綱氏にも師事していたということです。目の付け所が違います。

 

卑近な例で考えると、所謂キコクである自分の子供たちを見ていると、英語もまあ通じるし、読み書きはできるのですが、受験英語の下線部訳の問題はからっきしダメなのです。Google翻訳的直訳というのでしょうかね。

 

やはり日本語の語感やセンスを磨かないと、腑に落ちる訳文は生まれない、と本作を読んで改めて感じた次第です。訳者ならずとも、日本語力や言葉への造詣がないと、外国語の豊かさは汲み取れないのでは、と感じました。

日本語力、大事です。

 

おわりに

ということで、村岡花子さんの生涯でした。

 

驚くほどにドラマティックな個人史でしたが、瞠目すべきは、このような傑物がそこまで注目されずにいる現状であります。もっと知られて良い方だと感じました。

 

本作、女性の社会進出、明治以降の現代史、児童文学に興味がある方等には楽しんでいただける作品だと思います。ぜひ「赤毛のアン」も併せて読み、気取った女子高的雰囲気を楽しんでいただければと思います。

 

評価   ☆☆☆☆

2023/02/01

瀧本式一段深い読書のススメ |『読書は格闘技』瀧本哲史

余談から始めるのもなんですが、昨夏に続き現在一時帰国しております。娘の高校受験に際して入学手続き等の関係で二カ月ほどは滞日する予定です。

「よくそんなに休めるねー」とは年配の親族の発話ですが、休んでいません。リモートで仕事をしています。

 

それにしても、外国の法人に雇われ(日本企業の現地法人ですが)、現地通貨建てで給料が払われる一方、日本で仕事をこなし、何ならケータイで外国の口座から日本の口座にちょいと足りない金を送金するなんてことも居ながらにできてしまいます。文明の利器と制度を利用してのリモート生活ではありますが、我ながら隔世の念があります。

 

今は、ただただ、ネットワークが無事につながり、PCがつつがなく動いてくれることを祈りつつ、娘の朗報を待つばかりでございます。

巷では梅の蕾が開きつつありますが、果たして桜は咲きますかねえ。

 


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2019年に逝去された瀧本氏の読書論。

そのエッセンスを一言で述べるならば、「批判的に、そして、背景を理解して読書せよ」ということでしょうか。

 

批判的読書

批判的にという観点では、テーマがあるとして、一つの見方を提示する書籍のほかに、正反対の意見・相反する意見の書籍も読んでみることを勧めています。そしてそれらについてあら捜しというか、論理のほつれ等に留意しながら読むように仰っています。

一例としましては、『読書とは他人に考えてもらうことだ』と主張するショーペンハウエルの「読書について」、バーサス、『能動的に読み、著者と対峙して、それまでの自分のものの見方と比較することで、考え方を進化させろ』と説く本書「読書は格闘技」。

まあ後者に軍配が上がってしまうのはやや手前味噌的な展開ですが、反対意見に耳を傾けることが苦手な私としては耳が痛い話でした。読書というのは単独作業で自己完結的ですので、このような反論読書ができればより幅広いものの見方ができるよなあと感じました。

 

作品の時代背景まで読みこむ

背景を理解して、という点については、換言すれば、本の成立背景や歴史的背景までをも読み込んで読書せよ、ということと理解しました。この点ではマキャベリ君主論の例が取り上げられています。曰く当作品は「マキャベリによる再就活エントリーシート」とのこと。クーデターにあい、上司に逃げられ、冤罪で収監され、晩年も失意のうちに亡くなったマキャベリ。そのような境遇の彼が再就職を狙い、過去の経験からルサンチマンと性悪論に依拠して「君主論」を書いたとするのならば、力強い独裁的君主の待望という極論として以上に「君主論」もよく理解できるだろう、というのです。

こういう話を聞くと、今更ながらに世界史の勉強は非常に大事だなあと感じてしまいます。定期的に歴史に目を通しておかないとこのような話題にリアクションが取れませんね。

もちろんそんな歴史の勉強は気軽にできるものでもありませんが、それでも一冊の読書にとどまらず、ググって歴史背景確認する等の検証を行うなどすれば、より深い理解と読書体験が得られるのだろうと思いました。

 

おわりに

このような調子で、瀧本氏の視点で古典から児童作品までをも深読み・深堀りしつつ紹介し、読書指南を行う作品でした。

テーマを改めて列記すると、読書、人心掌握、組織について、グローバリゼーション、時間管理、どこに住むか、才能、マーケティング、未来、正義、教養、国語教育、児童文学が語られます。テーマに沿って対照的な2作品を瀧本視点で読み込み、加えて参考文献がさらに各章6冊挙げられます。

 

読書好きの人がこの本を読んだら「私も本を読みたい」となること請け合いです。ただ、ここまで批判的な読書ができるようになるまでには相当な訓練・時間・読書量が必要かと思います。要は相当真剣に取り組まないとたどり着けない境地にも見えます。

 

それでもなお、やはり本書は読書のすばらしさを伝える良書だと思います。最近読書してないなあ、何か本が読みたいなあ、という方は是非読んでみてほしいと思います。新たな読書の地平が開けるのではないでしょうか。

 

評価     ☆☆☆☆☆

 

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