面白かった。
この作品を良さを言い表すのにふさわしい言葉が見当たらず、3ウエイバックなどという仕様もない書き方をして申し訳ない。要は、切り口によって意味合いが異なる、多元的な読み方ができる本と言いたかったものです。
そもそもは息子の高校受験の過去問で出会った作品であり、なかなか面白かったので一つ読んでやるかと購入したのがきっかけ。
さて、本作ですが、以下3つの切り口から読めると思いした。
1.紀行文
2.現代史
3.生活史あるいは個人史
元祖ハイパーハードボイルドグルメリポート
まず、紀行文として面白い。要は旅行本。
旅行がしづらいコロナ禍の下では一層焦がれてしまう海外。本作は特に食べるということをテーマに挙げており、食べることが好きな私(因みにうちの家内は調理師)のハートをとらえました。その点でも本作は掛け値なしに面白い食べ物中心の紀行文と言えます。
印象的だったのは、ダッカの残飯飯(残飯を集めてきてチャーハンやおかゆにする)やジュゴンを食べるためのフィリピン島しょ部での迷走、チョコもアイスも知らないウガンダのエイズ村の女の子の話などが印象的。
30年前の作品ですが、今風にいうとテレビ東京でやっていた「ハイパーハードボイルドグルメリポート」に似ていると思います(多分日本のNetFlixで見れたと記憶しています)。
https://www.tv-tokyo.co.jp/hyperhard/
現代史、教科書の続きのはなしとして
次に、現代史のテキストとして参考になります。
現代史のカテゴリについては、合併後の東ドイツ、ロシアなど旧社会主義国の旧態依然たる様子、またユーゴ内戦と民族浄化など、教科書では習いきれない近年の内容が個々のエピソードを通してみることができ、参考になる。
旧東ドイツを中心としたネオナチの勃興の理由、ロシア海軍の物品横流しと若年兵の餓死の話、クロアチアの田舎の村でセルビア兵の攻撃におびえながらで一人で暮らすアナばあさんの話。特に私の場合、ネオナチの話は頭では理解していましたが、掲載されている話を読むと、複雑さというかやるせなさを一層感じてしまいました。
こうしたエピソードから、なぜこのような現状になってしまったのかと近現代史を辿るきっかけにもなることでしょう。
語ることの重たさ
そして最後に、ミクロな個人の記録として価値が高いと思いました。当然ですが現代史ともかぶります。
特に韓国従軍慰安婦の話は、心に鉛が沈殿していくように、どんよりした気持ちになります。しばしば日本の報道でも目にする李容洙さんら3人の女性へのインタビューが掲載してあります。
仕事があると誘われて行ってみたら慰安所だった、輸送中に韓国語でしゃべってたところを見つかって日本兵にレイプされた、毎日40人もの男性を受け入れコンドームを洗って片づけるやるせなさ、そのさなかでの一部の優しい日本兵との交流等々。
このような個々人に刻まれている記憶は、政府間の取り決めとか、史実と異なる部分があるとか、取り決め・制度・他人からの印象等々という次元とは全く違う領域に存在するものだと思います。
命が消えかかろうとしている高齢のおばあちゃんたちが訴えようとすること、それをあたらめてじっくり聞いてみたくなりました。自虐史観とかそういう話ではなく、彼女たちの話は善悪や良し悪しとは別に、次世代に語り継いで行くべき話であると感じました。こうしたことは繰り返してほしくはないし、仮に自分の妻や娘に起ったらと想像してしまいました。実に苦しくなります。だからこそ私は知りたい、と思いました。
おわりに
ということで、気軽なエッセイを読むつもりでしたが、重たい内容も含まれていました。本作、素晴らしく色とりどりである世界の多様性を見せつける一方、人間性の残酷さの片鱗を克明に晒す秀逸なエッセイであると感じました。うちの中学生と高校生の子供たちにも読ませてみたい。
評価 ☆☆☆☆
2021/07/03