海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

旧帝国陸軍幹部の思考力の貧困さを、経験者が克明に描く―『一下級将校の見た帝国陸軍』著:山本七平

 非常にショッキングな本だと思います。

 

 戦争のおそろしさ・生々しさは言うに及ばす、硬直的・融通無碍で変われない帝国陸軍の構造的な欠陥にショックをうけました。

 

 自分の祖父達が、こんなに下らない組織のためにシベリアや中国に連れていかれたのかと思うと、悲しくやるせない気持ちになります。

 


f:id:gokutubushi55:20210703192025j:image

 

 改めて全体を概観しますと、本作は、筆者山本氏が青学卒業と共に徴兵され、訓練を受け、その後フィリピンへ送られ、死の淵を彷徨いながらもかろうじて生還した、という話です。回想の中で語られるのは、帝国陸軍の愚かさ・駄目さ加減です。

 

旧来体質のブラック企業に通じるオソロシイ日本軍

 まず、筆者は砲兵として訓練を受けます。のっけの訓練からずっこける。先ずその訓練は対ロシアを念頭に置いており、武器も旧式、そして戦術も1944年当時で既に20年前の技術だったという。しかも訓練指導者は大いに自信過剰。

『そのくせみな急いでいた、あわてていた。だがリアリティが欠けていた。そこには、はっきりした目標も、その目標に到達するための合理的な方法の探求も模索もない。全員が静かなる方向へ、やみくもに速度を増して駆け出しているような感じだった(P.37)』

 

 その後、ロシアではなく対米国向け訓練を受けることになるも、教官が南方での対米戦の要諦を知らない。よって、今までの訓練を踏襲するという。つまり訓練そのものが無意味であり、それを誰もが分かっているものの変えられない固定的な低レベルの組織が浮かびあがります。

 本部からの命令には歯向かうことができず、若手の幹部候補はアイディアのかけらもない。他方下級古参兵は訓練内容などには無関心(自分では決められないし)であり、ただただ、二回り以上年下の幹部に歯向かわないように組織を維持する(筆者はこれを『自転する』と表現しています)。

 このような経験もあってか、筆者は、固定的な身分制度から能力本意への昇進を提案しています。現在の官僚のキャリア制度や企業の学歴偏重にもつながる話でもあります。

 

戦地での思考停止オンパレード

 戦地での話もひどい。例えば砲台を運搬する話。当初は現地では馬でも牛でもあるといって、日本からフィリピンへ送られてきた砲兵と砲台。到着すると、馬も牛もいない。山道を伝い目的地まで運べ、とその命令だけが絶対。100キロを超える砲台をどうやって運ぶというのか。一切何の考慮もない命令に、砲兵部隊の上官は「思考停止」、ましては末端の兵士も「思考停止」。兎に角やるしかない、とあきらめた先には、機械のように只々現実を耐えるしかなくなってしまう。

 

 私は証券会社時代の営業を思い出しました。「おい、お願いだからよぉ、やってくれって言ってんだよ!困った顔してないでさっさと売って来いよぉ!」

 ノルマ商品が残っている夜8時。考える時間も与えられず、とにかく動くことを強要され、結局断られた顧客にまた電話して、あんまり電話するものだから嫌がられる。自分も自分で、もう売れるわけないと思いつつ、只々今その時間が過ぎて一日終わることだけを願いつつ電話を握る日々。どうすれば断られた顧客に売れるのかなんて上司が答えを持っていない。

 私のへぼい営業体験を比べるのも失礼だが、上が聞く耳を持たないと、組織の中下流にしわ寄せがきます。中間管理職もへぼい場合、あるいは問題が余りにも大きい場合、組織は「思考停止」してしまうのでしょう。

 

バターン死の行進の真実とは

 もうひとつだけ。有名なバターン死の行進についても語られています。

 筆者はやや戸惑いながらも蛮行について概ね反論しています。曰く、日本兵自身はより過酷な状況におり、米軍捕虜に対しては温情をもって接していたと。ただ、米軍からすればそれは過酷過ぎたということでしょうか。豊かさの差が引き起こした悲劇かもしれません。

『あれが、”死の行進”ならオレたちの行軍は何だったのだ』『きっと”地獄の行進”だろ』『あれが”米兵への罪”で死刑になるんなら、日本軍の司令官は”日本兵への罪”で全部死刑だな』

 被害関係者には申し訳ない気持ちも湧きますが、もし加害者が故意でないとすれば、その子孫である我々もまだ多少は救われるかもしれません。

 

おわりに

 これ以外にも、軍部で見られた奇々怪々なる現象が多く語られます。ドラマティック大声野郎が何故かいつの間にか舞台を動かす。なぜか上官は戦後も責任を取らず、悠々と捕虜生活を送る。兵士はおろか国民すら守る気もなかった軍幹部。

 歴史を勉強していると、第二次世界大戦で日本は欧米にハメられた、という論調も時に見られますが、日本軍部の精神構造も十分腐っていたのではと思わずにはいられない作品でした。そしてその精神構造の一部は、幾分かは未だに我々が引き継いで保持しているメンタリティである気がします(プライド・意地・組織を守る等々)。

 

 悲惨な戦争への教訓としてのみならず、腐った組織の完成形として反面教師としてパンチ力十分な教材です。学生、ビジネスマン、主婦・主夫、引退した方、組織と人を考える全ての方々に読んでいただきたい作品です。

 

評価 ☆☆☆☆☆

2021/06/27

 

 

 

 

あわせて日本の組織の思考停止・オーナーシップの欠如についてはこの作品が参考に。

戦中日本軍から垣間見えるダメな日本―『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』著:戸部良一、鎌田伸一、村井友秀、寺本義也、杉之尾孝生、野中郁次郎 - 海外オヤジの読書ノート

バターン死の行進について、米軍側の意見としてはマッカーサの回顧録は選択肢の一つ。

史実と回顧の違いは大きい。内容は月並みも是非解説を読んでほしい。―『マッカーサー大戦回顧録』著:ダグラス・マッカーサー 訳:津島一夫 - 海外オヤジの読書ノート

海外オヤジの読書ノート - にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村