先日、子供つながりで友人となったオヤジたちとオンライン飲みをしていて話題になったのが55歳役職定年や早期退職。会社を辞めるかどうするか、第二の人生どうするか、等々。私の会社にはそうした制度はありませんが(そもそも役職についていないし。。。)、子供たちが大学を卒業するまで金銭的に耐えられたら、第二の人生はもう少し世の中に貢献するような仕事をしたいな、と思い手に取ったのがこの本、というわけです。ただ、その前に子供たちの学費で(大分本気で)貯金が底をつく可能性が高いのですが。。。。
ノーベル平和賞を受賞されたグラミン銀行のムハマド・ユヌス氏。マイクロファイナンスというと、貧困層向けの少額無担保貸付、ということはボンヤリ知っていますが、もう少し具体的に内容を知りたくなって本書を購入。
概要
本作の概要は、バングラデシュ発祥のマイクロファイナンスをアメリカへ転移させたグラミン・アメリカの事例紹介が大半。そこから、日本でのマイクロファイナンスの可能性を展望するものです。
マイクロファイナンスとは
マイクロファイナンスは5人の小グループを形成し、週次のミーティングの参加を条件に初めの二人へ貸与、そして返済がキチンと出来てきたら続いて残る三人への貸与が実行されるというもの。貸与は通常半年ないし一年。
ユヌス氏は当初多くの人から『個人主義の強いアメリカで、グループ行動を強いるマイクロファイナンスはうまくゆかない』と反対・嘲笑されたそうです。
結果は、うまくいった。
お節介なほど手厚い、借り手フォロー
そのキーは、間違いなくセンター長(銀行側のキーマン)。
借受人の5人グループは毎週のミーティングに必ず参加しなければならないが、そこにはセンター長が必ず出席し、ヒアリングを行う。少額(2ドル)ながら借り手へ預金も行わせる。そして家庭訪問や販売現場(大抵が露店であったり訪問販売であったり)も見て回るそう。こうした一貫した強力なコミットは借り手への不信からでは当然なく、むしろ教育的であることは言うまでもありません。金融教育を行いつつ、預金や返済(週次分割返済。通常テナー6カ月、最大1年)を見守り、小さな成功体験を繰り返し積ませることで信用履歴を作り、より大きな与信が他行から得られるような工夫がされています。
本書の体験談でも、小額でも毎週預金をすることでローン終了後にそれなりの蓄えができ、借り手は大きな自信を持つようです。結構な頻度でこうしたコメントが出てきます。このような成功体験を経ることで貸し手への感謝の念が発したり、また借り手グループ5人に迷惑をかけないようにという気持ちもいくばくかあるようです。
個人主義という社会背景から考えると、マイクロファイナンスは、ある意味で個人を再び共同体化するようなスキームのようにも見えます。
実務からの再解釈
実務サイドからこのビジネスを見た場合、また異なる気づきがあります。
まず、貸倒率が0.2%(P.61)と非常に低いこと。私の記憶に間違いがなければ日本のメガの貸倒率と引けを取らないはずです(アニュアルレポートか何かにあったと記憶します)。ましてや信用履歴のない人々に無担保で貸与しているうえでこの貸倒率は驚異的だと思います。
またセンター長といういわゆる支店長レベルの人がグループを教育し、地域を歩き回り、声をかけるということで、インストラクター(メンター)・融資オフィサー・RM(Relationship Manager)の1人3役をこなすことで可能にしています。
これは文字通りの重責であり、肉体的・精神的負担としても相当重いことが予想されます。この役職で年収が4万ドル程度とのことなので一般的な金融業界の給与水準から考えると極めて低いと言えます(飽くまで金融業界の水準)。従い、こうした仕事に使命を見出せる人にのみ果しえる責務であると言えます。
日本での可能性
もともと本書の趣旨は日本への転移の可否でしたが、技術的には可能でしょう。ただ、一番の問題はパッションあふれる人材をリクルートできるかどうかということだと思います。上にも書きましたが専門分化した現在の銀行業務の形態からするとセンター長の役割はあまりに大きいと思います。そうしたノウハウを持った人材を少額でリクルートすることが難しいと思います。
また5人組を作るというマイクロファイナンスの肝が日本でうまくいくかはよく見えないところです。そもそも少額独立ビジネスが日本では難しそうに思います。バングラデシュも米国も個人でビジネスを始める事はよく見かける事例ですが、日本で例えば屋台なんかやったらすぐに警察が飛んできそうだし(公道使用の許可が下りるかどうか)、消費者サイドとしても怪しい屋台で買い物をするのかどうか定かではありません。つまりスモールビジネスを支える・受容する社会的素地があまりないように思えてしまうのです。
おわりに
ということでマイクロファイナンスを踏み込んで知る本としては面白かったと思います。ただ、日本での導入というとどうも否定的な言葉ばかりが頭に思い浮かんできてしまう次第です。とはいえ体の動く貧困層により良い機会・シードマネーを供給するという点では引き続き魅力的なスキームであることには変わりません。
公共政策、NPO、金融、貧困問題、SDGsなどに興味のある方には面白く読める本だと思います。
評価 ☆☆☆
2022/08/04