海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

没落する日本で生き抜く宣誓 ― 『日本の没落』著:中野剛志

本作は、官僚・評論家である中野剛志氏による、ドイツの歴史家シュペングラー『西洋の没落』の解釈本というのが端的な説明になると思います。

 

曰く、100年前に書かれたシュペングラーの著作には、現代社会の諸相(経済成長の鈍化、グローバリゼーション、地方の衰退、少子化ポピュリズム、環境破壊、非西洋諸国の台頭、機械による人間の支配等々)を見事に言い当てており、その没落への過程は西洋文化ドップリの日本にとって参照に値するのではないかというもの。

 


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よくもまあそこまでドイツ語文献をしっかり読んだこと

先ずもって賞賛したい点は、ドイツ語文献をよくぞここまで読み込んだなあということ。学生時代の私の僅かな原書購読体験では、実にドイツ語の思想系文献は長ったらしく冗長、強気な書きぶりなのに意味不明瞭、イマイチ曖昧で微妙な定式化(たとえば本作でも見られる『アポロン的』と『ファウスト的』、『現存在』と『覚醒存在』などの二元論)で語る、というような場合が多かったのです。私自身は『西洋の没落』は未読ですが、文章の端々から筆者が相当丁寧にドイツ語文献と取っ組み合ったことが感じられました。日本語訳で読んでいたとしてもその難解さは消えないと思います。

 

貨幣論・金融論は面白かった

さて、内容的に私が面白いと感じたのは貨幣論の部分。

シュペングラーはゲーテファウスト』を下敷きにして貨幣による支配を予言していたそうです。中野氏はこれは金融業界の拡大であると解釈しています。確かに、GDPに占める金融業の拡大は引用しているデータの通りでしょうが、更に1980年代からのインフレ抑制方向の金融政策が「ウォール街財務省複合体」のもと実施され「アメリカも日本も、独裁的貨幣経済と化している」としています。

 

10年程前、格差拡大を背景に、支配的地位に君臨する金融家・政治家にモノ申す「ウォール街を占拠せよ」という抗議活動がありました。リーマンショック後の不景気にもかかわらず救済されたはずの金融機関の地歩がゆるぎなかったのは何故か。

私は中野氏がいう『世界中で広まったインフレ抑制政策』に、陰謀論的なにおいを嗅ぎ取ってしまいました。ウォール街や金融機関は当然のことながらインフレになるとお金の価値(つまり貸し出しているローンの価値)が減ります。だからインフレを抑えようとするのでは?逆にデフレになるとローンの借り手は負担が増えますが、銀行の保有しているお金の価値は更に増します(物の価値が落ち、お金の価値が増える)。

 

また、信用創造に関する話も興味深いものでした。一般に過度な国の借金はよろしくないものですが、国とは無制限の貨幣創造の権利があるので、貨幣を国内で循環させる限りは問題がないとするものです(大分はしょっています)。もちろんインフレが起きればお金持ち(金融機関も)は損をするのですが、ある意味不況+借金漬けからの脱出にインフレというのは手なのかもしれません(もちろんうれしくないですが)。対照的な事例はユーロです。貨幣創造に手枷をしてしまったユーロは健全化のルールのもと借金もできず貨幣も刷れない(財政出動しづらい)形でどんどんデフレになり(今やマイナス金利)まさに貨幣に縛られた状態と言えるかもしれません。

 

こういう内容を読んでいると日本の借金漬けはひょっとして大丈夫なのか?とも思ってしまいますね。。。

 

明快な結論なしは消化不良を催すか

他方、もし消化不良感を感じるとすれば、それは結論部分でしょうか。

『われわれは、この時代にうまれたのであり、そしてわれわれに定められているこの終局への道を勇敢に歩まなければならない。これ以外に道はない。希望がなくても、救いがなくても、絶望的な持ち場で頑張りとおすのが義務なのだ』(位置No.4060)

 

 

大分すっ飛ばして書きましたが、どうやらシュペングラーの主張は、文化も季節のごとく春→夏→秋→冬と栄枯盛衰的に推移するとしているようであります。しかもそれが不可避であり運命づけられているそうです(ニーチェの影響を受けただけはありますね)。ただ、これで終わると何というか、救いがないですよねえ。

 

おわりに

ということで、私は思想好きということもあり、全体面白く読みました。

哲学的歴史書を読み解き、その論旨を日本に当てはめて考えるというのはなかなかに困難な仕事であると思いますが、面白く読ませて頂きました。

 

没落を決めつけている点が(中野氏ではなくシュペングラーに対し)納得が行かない点ではあるものの、他方で栄枯盛衰・盛者必衰は、感覚的によくわかります。

私たちはいずれ死んでしまうわけですが、どうせいつか死んでしまうからと今努力を止めてしまう事はないと思います。皆さん必死で毎日を生きていると思います。類比的に考えれば、文明・文化・あるいは国が亡ぶ運命にあったとしても、現実に対峙して出来るだけよりよい方向へ国や文化を形作るのは正しい姿なのかな、と感じました。その点では以下の文句はなかなか素敵です。

『没落の時代においては、真の哲学は、実際生活における実践経験の中にある』(位置No.3627)

 

評価 ☆☆☆☆

2021/11/20

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