海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

子供の脳死を扱う異色の東野作品|『人魚の眠る家』東野圭吾

この夏に日本に一時帰国した際、息子の本棚から回収した本です。

本嫌いの息子に多少なりとも本を読ませる習慣をつけさせてくれた(私にとって)神作家の東野圭吾氏。その時息子が読んでいるというので、どうよ、と尋ねると「いやあ、だるい」と。いつもだるいだるいじゃ伝わんねえんだよと思いつつ、もう読まないというのでこちらで引き取りました。

読了して「だるい」の意味はまあ分かりました。でも私の琴線にはよく響きましたが笑


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これまでホイホイと人が死ぬ刑事ものを書いてきた筆者にあって、本作の死はこれまで登場した死と比べると格段に重いと感じます。今回のテーマは脳死です。

 

あらすじは他所に任せますが、本作、植物状態(所謂脳死の常態)になってしまった小学生の娘を介護する母とそれを取り巻く家族の話です。お金と医療技術を駆使して植物状態の娘を2年、3年と生きながらえさせる母親に狂気じみた愛が感じられる点が本作唯一といってもいいサスペンスでしょうか。

 

日本の脳死プロセス、家族に決断を迫る厳しさ

作中では日本の脳死判定のプロセスが仔細に語られますが、そこから浮かび上がるのは、如何に脳がいまだに未解明であるか、そして(そのためでもあるが)、如何に脳死が人為的・手続き的死であるかということです。

私も全く不勉強でしたが、日本の場合、本人が意思表示をしていないとき、臓器移植の判断は家族に委ねられるらしい。これが2009年の法改正に当たり子供にも適用されるようになったという。つまり家族は身内の死の判断につき、委ねられることになる。

 

これは非常に厳しい状況であると感じます。

傍目にはちょっと居眠りしているようにしか見えないわが子、その死を(脳死として)判断しなければならない。これほど厳しい判断をしなくならない状況に、同じ親としてその心痛は同情するに余りある。

親なら、お金が続く限り子供の面倒は見たいと思う。ましてや自らこの命を奪う(延命を止める)という判断は到底簡単にはできるとは思えません。作中の祖母のように、責任を感じれば感じるほど、看護や介護への家族を駆り立てそうです。

 

日本の制度が海外制度にも影響?

また本作では、日本での小児の脳死についての法整備の未熟さが国際的な医療スキームにも影響を与えていることを示唆しています(日本では親に臓器提供の可否を決めさせるà決められないà小児の臓器提供者が出ないà日本の患者が高額な資金を用意して米国でドナーを得るà米国では外国人への臓器提供は全体の5%未満に抑えるかつ高額デポジットも要求も、ほとんどが日本人が枠を押さえるとか)。

 

まあ確かに、こういう時日本人(というか日本の政治家?)はDecision makingが苦手なのだと思います。「白黒つける」という言葉が時にネガティブに取られるくらい、領域に収まらない「おり」「にじみ」「わだかまり」みたいなものが日本では時に重きを置かれるような気さえします。

 

なんか、医療の現場からあがってきた脳死判断の当初ドラフトではもっとプライオリティの定まったドライな判断プロセスになっていたような気がします。全く調べていませんが。それが政治家が各所の声を取り込み折り合いをつけようとした結果が、「親が脳死判定を受けさせない限り植物状態の子供に脳死テストはうけさせなくてよい」という収まりを見せたような気がしてなりません。ほんと、何も調べていませんが。

 

おわりに

ということで、非常に勉強になる本でした。

脳死の現状について小説の形で学べる良作であると感じました。と同時に家族の死を受け入れる難しさを改めて感じました。他方、本作の母親が娘の死を受け入れるその仕方は若干安易にも感じられましたが。

 

いずれにせよ、東野作品にしては異色の非サスペンスもの。倫理・社会の題材ないしその導入にも非常によい作品であると感じました。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/10/08

イスラムが「創った」ヨーロッパ世界 | 『マホメットとシャルルマーニュ ヨーロッパ世界の誕生』アンリ・ピレンヌ、監修:増田四郎、訳:中村宏・佐々木克己

 

歴史が面白い、と感じる瞬間があります。まあ簡単に言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話が聞けたときです。言い換えると、一見普通に見える事象の裏に、思いもよらない事実が隠されていた時。また、どうも腑に落ちない不可解な史実の背後に、状況証拠等を駆使して人が考えもしなかった動機を探ったりするときです。

 


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マホメットが欧州を作った!?

で、本作。世界史の授業でしばしば言及される作品です。面白いのはイスラムがヨーロッパを形作った」とする言説です。

もう少し丁寧に言うと、現在のヨーロッパを基礎づけたのはイスラム教の侵入とカロリング朝だという言説。なお本作第二部でのメインテーマです。

 

「桶屋が儲かる」しくみ

ロジックは以下の通りです。

5世紀以降のイスラムの急激なる隆盛(アラビア半島からの北上)によって、先ずは商業圏としての地中海からキリスト教徒・欧州人たちは排除される。ローマ時代以降、商業で大いに栄えたマルセイユなどの港湾都市での取引はしりすぼみとなり、ローマ時代は大いに使用されていた香草やハーブ等は600/700年代以降はさっぱりヨーロッパに入ってこなくなったとか。

 

その結果、東方世界(現ギリシア・トルコを中心とする東ローマ帝国イスラムとの対峙で精いっぱい)と西方世界(フランク王国等それ以外のヨーロッパ)とが分断してしまったという。

 

さらに、海上貿易の途絶は各王室財政に窮乏をもたらす一方、土地持ち貴族が(税が揚がるから)有利になる。そうこうしている間に、宮宰カロリング一家が無策な王家をのっとって覇を唱えたということのようです。

 

丁度そのころ、イコン崇拝問題でビザンツ皇帝と揉めていたローマ・カトリックシャルルマーニュを皇帝として戴冠することで教会の自治を確保するという形となりました。

 

ちなみにシャルルマーニュが皇帝となった当時、俗人教育は完全にすたれ、読み書きできるものはまれであったということらしく、聖職=学者、と同義だったそうです。結果、皇帝の傍に仕える読み書きできる聖職のみがラテン語を使用する一方、皇帝をはじめとした俗人たちは土着の言葉(フランス語等)を使用するという流れになったということのようです。ここに世界語としてのラテン語の命運の尽きようが確認できます。

 

ということで、イスラム隆盛→地中海海上貿易途絶→各王国財政困窮→臣下がのし上がる→その臣下(カロリング家)の勢いにローマ教会が乗っかる→ヨーロッパの誕生そして中世の始まり、とこんな感じのようです。

 

結局これってどういう意味があるのか・・・

どうですか?面白くないですか?笑

この言説は、さらに「そもそもヨーロッパとはどの部分のことなのか」とか更なる疑問を呼びそうな気もします。ただ、きっとピレンヌは、同じ土地に同じ民族が住まうけれど、シャルルマーニュ以降は文化の性格が異なる、こういいたかったのだろうと思います。これは中世以降の歴史を学ぶ上では大きなヒントになるのだろうと思います。

 

第一部の内容も少しだけ

ちなみに第一部は、ゲルマン民族の移動はヨーロッパ文化への影響はほとんどなかったという言説。これは驚きとかは特にありませんが、世界史でそれなりに習う割に影響なかったのね、という軽い驚き。なんでもゲルマン民族はヨーロッパ世界に侵入してきたものの、あっという間にラテン文化に馴染んでしまい、法律も文化もすべてラテン色に染まったということらしいです。

 

おわりに

ということで世界史に興味がない人にとってはさっぱり面白くない本かもしれません。でも歴史の授業が無味乾燥であると感じた時など、こうした書籍は助けになるのではないかと思いました(さらに眠気を催す可能性もあります)。あらゆる物事は必ず因果の糸でつながっています。そして授業では説明されないことが多い物事の因果が、こうした書籍で確認できると、歴史も世界も一層面白くそして身近に感じられるのではないか、と思った次第です。

 

評価     ☆☆☆☆

2022/10/02

海外+食べ物=たいてい気に入る作品|『かもめ食堂』群ようこ

本とは関係なく、全くの私事なのですが、私、四半期に一度くらいのペースで、無性に逃げ出したくなります。仕事も家族も放り出して、ふらっと放浪とかに出たくなります(ほら、コロナとか大分収まって旅行とかもできそうだし笑)。面倒くさいおっさんで申し訳ないです。

 

面白味のない仕事を真面目にこなす、大分年下の上司に色々と教えてあげる、更年期で感情が荒れがちな嫁をうんうんとなだめる、母娘喧嘩が目の前で始まってもまあまあと割って入る。口先だけは偏差値急上昇な娘にもキレずに大人な冷静な対応をする。。。こういうのが徐々に面倒に感じてきます。

 

50近いおっさんが何を今更世迷いごとを言っているのか、と思うかもしれませんね。だって、冷静に振り返ると、多かれ少なかれ集団の中にいると誰もが感じる類のストレスにみえますもん。それが嫌なら一人で山にでも籠れやって話ですね笑

 

で、仕事のストレスも家庭のストレスも、ストレス解消の時は、かつては爆食(特にジャンクなもの)や飲酒でごまかしていました。でも今いる国はイスラム教国で酒税がバカ高いしお菓子もまずいので、この手段は使えず逆に体だけは妙に健康になってしまいました。結局、Yahoo!ニュースとかSNS巡りとか数時間時間をつぶし不貞腐れるのがストレスが溜まってきたときの常態となりつつありました。

 

なんか生産的でない。。。夜更かししてネットみて睡眠時間が削られていき、自分を肉体的にも追い込んでいく。。。これはいかん。

自分の感情に嘘はないので、ストレスを感じる自分と周囲の状況はきちんと認知して消化したいのですが、ケータイに時間を持ってかれるってのが癪なんです。

 

そうだ、本を読もう』とふと思いました。ってか、いっつも読んでんじゃねえかって話ですが。でもストレス解消ときたら、新たな本を今衝動的に買って今読みたい!これです! その点買ったらすぐ読めるKindleはとても便利。ま、衝動と言いつつも懐が寂しいので、やっすーいのを探しまわり、最終的にチョイスしたのが本作です(セールで157円でした)。

結局睡眠時間は多少減りましたがケータイいじっているよりも納得感のある時間が過ごせました。実に安い男です。

 


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あらすじ

「人生すべて修行」が口癖の古武道の達人の父と、運動神経は良いも古武道がそこまで好きではないサチエ。母の死を境にサチエが家事を取り仕切り、料理の面白さに目覚めていく。調理科に通い、大学卒業後は食品会社に就職するも、サチエが大切にしたいのは、人が毎日食べるちゃんとした食事。しかし、食品会社の弁当開発部に配属され味付けの濃いおかずの開発をする過程ではサチエの夢は果たせない。そこでサチエは日本ではないどこかで自分の夢を果たそうとするが・・・

外国で自然体で生きる。って日本はやっぱり息苦しいのかなあ

妙齢の未婚女性がヘルシンキの町で食堂を営みつつ、しなやかにそして自分らしく生きるというお話です。フィンランドの町の様子や登場人物の描写がとてもかわいらしく、とてもほのぼのとした気分となる作品であると感じました。

 

自然体なサチエにひかれるようにしてミドリやマサコ、果ては悩みを抱えたフィンランド人が引き寄せられるカモメ食堂。それを優しく癒していくサチエの姿がとても素敵です。わたしもカモメ食堂に行きたくなりました笑

 

反面、確かに実際にはあり得ないような設定も多く、そうした突込み所は満載かもしれません(くじ運がよいことを自任しているサチエが食堂の開業資金を宝くじをあてて工面してしまうとか笑)。でも、小説ってのはちょっとあり得ないくらいの方が面白いのかなと私は思いました。もちろん、フィンランドを良く知る人だと現実とのギャップがありすぎたりすると楽しめないかもしれませんね。幸い私は行ったこともイメージもないため、純粋に楽しむことができました。

 

もひとつ。カモメ食堂には結局計3人の日本人が示し合わせもせずに集まってしまうという設定ですが、やっぱり日本って自分のやりたいこともできない・表現したいことも許されづらい、息苦しい国なのでしょうか。日本が生きづらい国という設定なのだとすると、筆者はこのあたりどう考えているのかを知りたいなと思いました。

 

おわりに

自然体で生きる、外国、毎日の素朴な手作りご飯。このあたりがキーワードな気がします。こういうトピックに興味のある方は楽しく読めると思います。ほのぼのした可愛い文体ですし、2-3時間くらいで読み切れるボリュームです。女性が好きそうな感じの作風だと思います。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/09/28

英国の伝説・伝統的冒険譚。ファンタジー嫌いも楽しく読める |『KING ARTHUR AND HIS KNIGHTS OF THE ROUND TABLE』ROGER LANCELYN GREEN

 

世界史を勉強すると英国史で言及されることが多いアーサー王伝説。英国の伝説・伝承文学にして最も有名なものと言いうると思います。サクソン人(Saxon)を撃退し、英国(Briton)を平和に導くアーサー王と彼を支える円卓の騎士の物語です。

 

で、これが予想をはるかに超える面白さでした。同じタイトルでキンドルで無料であったので読んでみようかと思います。ちなみにキンドル無料版で翻訳物もダウンロードしたのですが、恐ろしい量の旧漢字の山(おそらく戦前のもの)で、そちらは挫折しました笑

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伝説に基づく口承的な性格があるためか、同じタイトルでも多くのバージョンがあるようです。本バージョンは20世紀初頭の作家Roger Lancelyn Greenという方によるもので、本作をはじめギリシア神話等をモチーフにした作品を多く執筆されている方のようです。

 

四部構成の内容と見どころ

で、本作は4部構成となっており、それぞれ
1. THE COMING OF ARTHUR  
2. THE KNIGHTS OF ROUND TABLE 
3. THE QUEST OF HOLY GRAIL 
4. THE DEPARTING OF ARTHUR
となっています。

 

魔剣エクスカリバー

1部では塚に埋まった魔剣エクスカリバーが引き抜かれるところが見どころ。その剣を塚から抜いたものこそ英国の王となる人だとの予言が流布するなか、唯一アーサーがその剣を塚から抜き、アーサー王が誕生するという結構有名なシーン。

騎士道精神とスター家来たちの話

2部及び3部では、アーサー王は最早わき役で、主役は各章ででてくる円卓の騎士たち。つまるところ、彼らの冒険譚です。有名どころですと、ワーグナーの歌劇にもなった『トリスタンとイゾルデ』の話。もとはフランスのお話らしいですが、時代を経てアーサー王伝説にも取り込まれ、本作にも収録されています。また、騎士パーシバルの話とかも収録されています。

これら騎士の冒険譚については、騎士道Knighthoodに基づいた倫理にのっとった行為が通底するテーマになっています。その典型については以下のパーシバルの話に良く表れていると思います。彼が山奥で育ち、騎士を目指して山から出ていく際の母親の別れの言葉が以下になります。

Go on your way now, and remember that if dame or damsel ask your aid, give it freely and before all else, seeking no reward. Yet you may kiss the maiden who is willing, but take no more than a kiss, unless it be a ring. (P.232)

 

おかん、具体的やな。。。って、キスまではええんかい!という突込みはなしで笑
端的に言うと、人を助け、見返りを求めず、純潔を守る、と。

 

また、騎士だけに一騎打ちjoustを行うシーンが多く出てきます。で敗者が降伏すると、勝者は敗者に命じてアーサー王の下へはせ参じ忠誠を誓わせるというくだり。このくだりは一騎打ち終了の典型のようで、本作だけで7, 8回程度この形の表現が出てきたと思います。

 

3部は聖杯伝説に基づく冒険譚です。聖杯とはキリストが磔刑に処された際に流された血を受けたという杯のことで、どういうわけかそれを求めて騎士が冒険をするというものです。キリスト教世界ではこうした聖遺物を重んじる伝統がありますので、キリスト教的世界観の一部を理解するという観点でも面白く読めました。

 

最後は、あまりに人間的な結末

4部はアーサー王の死と王国Logresの終焉の話。ここは唯々暗い。アーサー王の妻GuinevereとLancelotとの悲恋?浮気? が原因で国が二分し最終的にアーサー王は死去、Guinevereは尼さんnunになり、Lancelotはフランスに落ち延びるという結末。これまで魔法とか聖遺物とか騎士道とか何だかんだ出てきましたが、最後は人間臭い男女関係が国を壊したという、苦くも生々しい結末でした。

 

おわりに

ということでアーサー王伝説、楽しく読めました。ファンタジー系が苦手なので、初めは読み切れるかどうか心配に思っていました。が、本作、ファンタジー系である前に神話・伝説的要素の方が強く、またサクソン人の侵入等歴史的ベースもあるところから、『ホビットの冒険』のようなファンタジー感は薄かったと思います(なお『ホビット…』の作者トールキンと本作作者Green氏はお友達だったとあとがきにありました)。また人の性(さが)を感じさせる悲しい結末は、物語に重厚感・文学性を与えていたと思います。

英国文化、騎士道文化等に興味があるかた、またファンタジー好きの方にもお勧めできると思います。

ちなみに英語ですが、頻繁に繰り返される倒置はやや気になりますが、単語はそこまで難しくなく、そうですね、高校生程度の英語力がれば楽しく読めるのではと思います。

 

評価     ☆☆☆☆

2022/09/25

 

 

 

王妃Guinevereと騎士Lancelotは純潔のまま結ばれませんが、悲恋というと以下の話を思い出しました。

lifewithbooks.hateblo.jp

 

精神論ゼロ!理性的で完璧な若者の「確かに」な勉強本 | 『シンプルな勉強法』河野玄斗


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アホ高校生の息子のために、今年はこれまで勉強法の本を5,6冊ほど読んできました。テクニック集や体験談、人生論的なものなど、参考になるものは多かったです。

ただ、サラリーマン的な仕事術の観点でいうと、私はこの本が一番だと感じました(こどものために読んだんですがねえ)。

 

勉強の意義を問うことの大切さ

そのポイントといえば、第0章と第1章で合計80頁を費やした、勉強の意義とモチベーションについて、だと思います。最終的には「やる気が出るんだったら目的なんて何でもいい」というスタンスのようですが、筆者の場合は自らの「幸福の最大化」という観点を意識しつつ、「将来の選択肢が増える」という外発的要因と「ゲーム的に解く面白さ(できるループ)」という内発的要因を、自分なりに工夫してモチベーション維持につなげているように感じました。これが腹落ちしていないと、いつか息切れする・続かないのを見切ったうえでの目標設定です。

当たり前ですが、社会人の仕事にも、その一つ一つのアサインメントには意味があるわけで、その意味が分からないまま走り出すと、大抵途中で意義(何のため?誰のため?)を再度確認することになります。このような意義がキチンと語れない上司や先輩から、ふんわり仕事を受けてしまうと、本当に時間・人生の浪費をしかねません。

勉強も同じです。他人から振られる仕事ではありませんが、自らやる意義を確認し、やる気を維持する努力が必要とされます。さもないと、ダレたときに「あーこんなん意味あるのかな」「何のために俺勉強しているんだろ」となるわけですね。ゆえに取り組む前にしっかりと意義を問うということは大切。

普通の若者(というか昔の自分)なら「走ってみれば何かわかるだろ」という見切り発車は多いと思います。でも効率を考えれば、その前に考えることは重要です。

 

テクニックも効率重視

テクニックについては、社会人的には王道ですが(そしてなかなかできないのですが)、ケツから考えるスケジューリングが挙げられていました。締め切りや期限から考えてそれまでに何をどれだけやるか、というものです。

また、不要な勉強を省くためにも積極的に合格者や先輩の話を聞く、ストレスを感じたら寝る(なお、私が読んだ東大生の勉強本はすべて十分な睡眠がテクニックにありました!!)、アウトプットとインプットのバランスと記憶、各教科の学ぶ意味合いとメリットおよびお勧め学習書、等々が載っていました。これらは、とにかくどうやれば物事を効率的にこなせるか、という観点で書かれています。

気に入ったところからつまみ食い的に使うこともできると思います。

 

おわりに

いやあ、理性的で完璧な本だったと思います。完璧すぎて可愛くない笑!! この筆者は、走り出す前に十分全体像を俯瞰し、走る間も自らの姿を鳥瞰しつつアジャストするというスタイルです(ゆえに効率的で無駄がない)。スケジューリングやPDCAといった社会人のお作法的な話が、勉強を題材に語られるという本だったと思います。

従いまして、社会人の勉強・資格取得にも大いに役に立つと思います。もちろん中高生がマネしても有効だと思います。

目標・目的の明確化、その目標・目的に向けたしっかりしたスケジューリング、というこの二点に関して特に優れた勉強本だと思います。大人になってからも必須の技術が学べます。

 

評価     ☆☆☆☆

2022/09/11

頑張ることって素晴らしい。元気になれるスポ根小説|『DIVE!!』森絵都

本が好きな方だと、積読が先行しているうちに同じ本を二冊買ったりとか、売った本をまた買ったりとかってありませんか? 私はたまにやらかします。

本作「DIVE!!」は上の息子が高校受験に挑んている最中に上下巻そろえて買ったものです。下の娘(現在高校受験の真っ最中)にも読ませてみようと本棚を見るとなんでか下巻しかない。きっとせっせと売ってしまったんです。で先日の一時帰国の際にブックオフにて上巻も再購入したものです。

ちなみに、娘の中学には始業前(いわゆる0時間目)に読書の時間があるんです。とてもいい習慣だなあと感じております。


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ひとこと

スポ根でちょっと暑苦しいかもしれないし、ヤングアダルト向けで大人に敬遠されがちかもしれない。けど、実に面白い作品。スポーツ系、青春系にアレルギーがなければぜひ読んで欲しい作品です。読むと明るくなり元気が出る作品だと思います。

内容

MDC(ミヅキダイビングクラブ)に通う知季はいたって普通な平凡な中学2年。彼の通う赤字の弱小クラブに、親会社が存続の条件として突き付けたのは、なんとオリンピック出場。クラブの中心プレイヤーである要一、青森からスカウトされてきた網元の血を引く飛沫、米国帰りの女コーチ夏陽子、彼らとともに知季は熱い戦いを繰り広げてゆく。

優れた心情描写

本作、何がいいかというと、やはり心情描写が素晴らしい。恋愛(失恋)、友情、嫉妬、競争、才能の有無、等々。昭和の日本の教育というのは「みんな同じ・(悪)平等」というのが一般論としてあると思いますが、そんな幻想がほろほろと崩れるのが中学生くらいではないかと思います。才能を持つやつとの彼我の差・選ばれないこと・自分の限界、そんな現実にナイーブに対応してしまう描写は、過去の自分を振り返れば思春期あるあるです。親目線で読むと、応援したい気持ちにもなります。その精神的稚拙さはむしろいとおしい限り。

また、一歩引いて考えれば同様の事象には大人になっても日々対峙しているんだと思います。好きな相手に選ばれたり選ばれなかったり。昇進できたり出来なかったり。周囲の成功が羨ましかったり悔しかったり。ただ、大人だと感情のもっていき先は自分以外にはなかったりするものです。

作品では友人や周囲が受け止めたりフォローしたりするところに、大人になる過程で失ってしまった紐帯を見出すことができます。いいよねえ、仲間って、という羨望の気持ちで読んでしまいます。

個性豊かなキャラ

さらに、登場人物が実に豊かで魅力的。中心的登場人物として3人のダイバーが挙げられます。要一の完璧主義、知季の素直さや幼さ・ナイーブさ、飛沫の豪胆さや孤高のポジション。同じクラブの仲間でありながらプレーヤとしてはライバルであり、ある時は反目し、ある時はアドバイスを送る。またそれ以外にも、クラブ創設者の孫であり米国育ちの夏陽子(コーチ)(冷静で大胆・ドラスティック)、主人公知季の同学年の弟の弘也(お調子者)、飛沫の彼女の恭子(エロいけど一途)など、個性豊かなキャラが物語に花を添えます。

スポーツ物の奥深さ

あともう一つ。飛び込みって、小説になるんかいな、って思いませんか? 私はちょっと疑っていたのですが、普通になります。予想以上に体が冷えるため、温水プールで演技後に体を温めるとか、感覚と体重を保つために食餌制限をしっかりするとか、大会での採点方法とか、技の難易度の評価のしかたとか。私には縁遠い競技ですが、どの世界もふたを開ければ奥深いですね。そして筆者はストーリー展開に合わせて上手に競技の内容を読者に教えてくれます。

おわりに

ということでスポ根系YA小説でした。上には書きませんでしたが、ラストがこれまた私の好きな終わり方です。オリンピックには行けたのかどうか。行けるならだれが行くのか!?クラブや仲間はどうなってしまうのか? ・・・とにかく、ほっこりする終わり方です。

中学生の娘に読ませる前に再読したのですが、非常に面白かったです。本が苦手なお子さんも興味を持ってくれるんじゃないかと思います。

 

評価   ☆☆☆☆

2022/09/08

デビュー作から村上色満開|『風の歌を聴け』村上春樹

先月8月に2年半ぶりに実家に帰りました。実家の書籍については度々処分しているのですが、それでも残っている本が数十冊ほどあります。私の記憶ではこの十年くらいは伊坂幸太郎さんとか恩田陸さんとかを結構読んだのでそういうのが残っているのかな、と予想。ところが実家においてあったのは、開高健太宰治谷崎潤一郎、そしてこの村上春樹の作品群。なかでも村上氏の作品が一番多くありました。別にハルキストを自称するわけではないのですが、大分好きだったのねえ、と過去の自分に感慨にも似た気持ちに。ということで、数冊をトランクに突っ込んで、東南アジアの居所に戻りつつ、道すがらで読了したのが本作であります。


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ひとこと

本作は村上氏のデビュー作。どれも似ているといえばそれまでですが、デビュー作にしてすでに村上色が大いに出ています。

主人公キャラのエッジが立つ

その特徴といえばやはり主人公。

やや厭世的・衒学的・理知的で、運動を定期的に行う。周囲に無関心気味、微妙な比喩を繰り出し、相手と若干かみ合っていないような会話もしばしば。近い知り合いが死ぬ。キザめな音楽からの引用や文学からの引用の数々。そして濃厚な性描写(でも冷静)。こうした要素がウイットに富んだ軽妙な文章で綴られる。

 

そんな主人公が出る作品が売れたわけですから、やはり主人公のような人物が、時代のロールモデルというか憧れ、だったのでしょうか。

思えば私も、文学、音楽、運動、全部好きでした。が、いかんせん男子校上がりで女性にはモテなかった。だから彼女(今の嫁さん)ができたら、もうのぼせ上っちゃって、冷静どころではなかったですねえ笑 ということでついぞ主人公のような人物にはなれませんでした。だからこそ冷静なエロにあこがれたものです。知的で社交のできるむっつりスケベ。これが村上作品の主人公にたいする私のイメージです(大分偏見が入っていますが)。

 

村上作品は今も若者に支持されるのか?

他方、今の10代、20代が本作のような村上作品を読んだらどう反応するんだろうか?とちょっと気になりました。若者気質も時々刻々と変化します。今の若者にとっては村上作品の主人公はちょっと「面倒クサ」「わけわからん」とかなるのではないかと感じました。今の若者は全般的にもっと覚めていてかつシンプル・ストレートなコミュニケーションを好むような気がしました。言っても若者なんて自分の子供とその友人数人くらいしか知りませんが。

 

おわりに

ということで10年ぶりか20年ぶりくらいに読み返した村上春樹氏のデビュー作でした。昔は熱読し今も好きですが、2022年の今、1970年代の作品にやはり「時代」を感じざるを得ませんでした。

本作はじめ村上氏の作品が今後10年20年と残っていくかは予測できません。もし残るのならば、そこに某かの普遍的価値・気分のようなものが捉えられているということなのでしょう。あるいは、昭和の名著として学者による注釈が巻末についたうえでやっと読み継がれるような、化石のような物語になるのでしょうか。結果は空の上から見守るしかありませんねえ。

評価   ☆☆☆☆

2022/09/02

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