海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

作家の多才ぶりを見せつける奇想短編集 |『いのちのパレード』恩田陸

皆さん、こんにちは。

私はそもそも本好きではありましたが、社会人になってからはそれ程本は読んでいませんでした。きっと読んでも10冊あったかどうか。

 

思い返せば、本をゴリゴリ読むようになった切っ掛けは2つほど。

10年前、日本から逃げるように海外に出た真正ダメリーマンとして、厳しくも慈愛に満ちた年下のメンターと出会い、呻吟しつつビジネス書やノウハウ本に救いを求めたのが一つ。

4-5年程前、インター校に通う子どもたちの国語力が壊滅的であることから、「日本語の本を読ませなければ」と本探しを始めたのがもう一つ。

 

小説を今も読むようになったのは後者が理由。

今では二人の子どもたちは生活の拠点として日本を選び、それまで以上に本には触れなくなった模様ですが、まあ日本語の環境という意味では、もう親の手助けは不要でしょう。

従い、下の子が高校に進学し日本に戻った昨年を機に、小説関連も自分の関心に沿ったもののみ読む路線へ変更となりました。

今のところコンプリート欲をもって取り組んでいるのが、恩田陸湊かなえ伊坂幸太郎、そして村上春樹諸氏の作品です。

 

そのなかでも今回は恩田氏の作品をチョイス。氏には珍しい短編集を読んでみた次第です。

 

ひとこと

恩田氏のファンタジー熱がさく裂。好き嫌いが分かれそうな「奇想短編」集とでも言ったところ。

 

恩田陸という万華鏡

ちょっと面倒くさい話を。

人ってラベルを張りたがりますよね。〇〇って細かい人、私は文系、彼女は理系、とか。

もちろん、それは個々人の目立つ・印象的な部分を取り出して言っているわけで、それがすべてではない筈です。文系男にもロジカルな部分はあろうし、冷徹で詰めてくる上司にも詩的で感情的な心の動きがあるかもしれません。

 

何を言いたいかというと恩田陸氏です。一つの色に染まらない、実に多様な作品をかける方だなと。

私にとって当初恩田氏はヤングアダルト・青春系のラベルの方でした。氏の作品で一番初めに読んだ「夜のピクニック」の印象が強かった。作品も好きなのです。

ところが爾後色々読んでいくと、モダンホラー系の作品や舞台を想起させるドラマ等、当初の印象は徐々に書き換えなくてはならないと思うようになりました。

そして本作に至っては、「奇想短編」集です。

 

私の当初の印象からは、かなり遠いところに来てしまいました。そして、改めてその幅の広い作風に驚いた次第です。

 

「奇想」の形容にふさわしい、予想外の設定。バラエティに富む作風

で本題。

短編はどれも作風が異なるのですが、どれもが明かに現実世界を描いたのではないので、読んでいて違和感を感じながら読み進めた次第です。

そのあたりの「引っかかり」「没中できなさ」が私にとっては星新一を想起させました。教科書の「おすすめ図書」みたいなのに名前を見つけて読んでみるも、どうにもしっくりこず、何だよ「おすすめ」のわりにいまいちじゃねえかよ、と。

 

今は長じて、この「没入できなさ」は自分の趣向と距離があるという解釈ができます。そして、別につまらないわけではないのです。このあたりは表現が難しいのですが・・・。なんというか、よくもまあこんな作品がかけるなあという驚き?

 

で、その中でも印象的だったものを幾つか。

 

小学生と思しき三兄妹がことばの印象から幻影を具象化する「夕飯は七時」。擬態語など「ことば」の心象ってありますよね。そのような心象が形になるという着想がすごい。そしてこの子どもたちをこれを必死に防ごうとする姿が可愛らしい。

 

リアル野球版よろしく、リアルに双六が展開される王国を描くSUGOROKUはホラーチックな作風。王国を支配する三姉妹は、王国から女子を集め、リアル双六を行わせるのが慣例。「上がり」となると豪華な褒美を取らせて出身の村に返すという話だが、実際には・・・。

 

「エンドマークまでご一緒に」はミュージカルの主人公の独白の話。現実の生活をミュージカルで行うという奇想天外のストーリ。主人公は自己省察的に「寝起きに歌うなんて辛いけど、ミュージカルだから仕方ない」とか「僕を追いかけるオーケストラ連中も汗だく」など、この奇妙な設定をユーモラスかつ冷静に評価。タイトルも、仕掛けまで理解している読者を想定したネーミングであり、一層味わい深いものとなっていると思います。

 

これ以外にもホラー系・スリラー系は読みごたえのあるものが多かったと思います。

 

おわりに

ということで恩田氏の短編集でした。

解説で杉村松恋氏が海外の奇想作家と並べてアツく激賞していましたが、素人の私はそうした海外勢は全く知らない方々でした。

 

風変りな話、ホラー系、SFが好きな人にはお勧めできる作品だと思います。

 

評価 ☆☆☆

2024/02/15

マイクロマネジメント神、降臨! |『七十人訳ギリシア語聖書』出エジプト記、訳:秦剛平

 

さて、昨年から始めている聖書読んでみようキャンペーンですが、今般旧約聖書出エジプト記を読了しました。

 

ひとこと

結果から言うと、ループ的記述と、マイクロマネジメント神、が印象的です。

 

神さまは我慢強い?というかTry&Error好き?

出エジプト記は全体で40章。

そのうちの前半は、モーセの「エジプトから出してください」、ファラオの「ダメ」、神の「じゃあ厄災プレゼント」、ファラオ「わかったよ、とっとと出ていけ」、モーセ「マジで出て行っていいすか?」、ファラオ「気が変わったやっぱダメ」、という件を無限ではないですがループします。

 

最終的にファラオがモーセイスラエルの民を追っ払いますが、所謂海が割れるシーンは聖書の中では極地味。

また十戒を授かる場面もそれほど劇的ではありませんでした。ここまでが概ね前半部

 

切れるモーセに驚愕

寧ろ印象深いのは後半。

十戒を授かるべくモーセが山にこもっている間、なんと兄のアーロンとゆかいなイスラエル民たちが、金を持ち寄って牛の偶像を作り、お祭り騒ぎ! ようやく山から下りてきたモーセ激ギレ。せっかく賜った石板を投げ割り、参加者皆殺し!ただし兄は除く。マジかよ。

 

因みに、モーセは再度シナイ山へトレッキング後、無事二度目の石板を神様からゲット。やれやれですね。

そしてここから神様のマイクロマネジメントが始まります。

幕屋の仕様(採寸、素材、製法)にもこだわりが見られ、そのほか調度品や礼服にも同様。これらの記述に全40章あるうち10章が費やされていました。細かいなあ。

 

おわりに

ということ、旧約聖書のうち出エジプト記を読了しました。いわゆるモーセ五書のうち二つを修了です。

因みに、当初より「コンサイス聖書歴史地図」をお供に読んでいますが、今回里中満智子さんの漫画も併せて再読しています。改めてですが、里中さん、相当聖書を読み込まれたと思います。自分が聖書を読んでいるからか、とても感じます。

マンガですが、全くバカにできません。

 

評価 ☆☆☆

2024/02/13

 

安定の「静謐」さで世界を優しく描く。 |『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子

皆さん、こんにちは。

当地では旧正月を迎えました。

激しく鳴り響く爆竹を十数分と親族との過食?とを堪能しました笑

改めて思いますが、華僑の方々は本当に家族を大事にしますよね。集まりが大好き。そして話好き。私は広東語が喋れんので、連れていかれても食事の後はソファーで読書か居眠りをするだけなのですが、お開きがいつも午前3時頃(時には更に遅く)になるのはやや閉口します。

でも逆に言葉が通じる方が大変か。「あなたのお母さん、本っ当に面倒くさい」とは家内の言。他方私から見れば義母はかわいいおばあちゃん。何しろ言っていること、分かりませんしね。

家族とは難しいですね。

 

ひとこと

小川さんの作品には、いつも「静謐」さを感じます。

今回もとてもしっとりした、そして味わいのある「静謐」でした。

 

あらすじ

話は、唇の上下が繋がって出生した少年の数奇な人生についてです。

出生の事実に呼応するかのように寡黙な少年はふとしたことからチェスにのめり込み、やがて裏チェスクラブで「リトル・アリョーヒン」として働くことになります。

 

優しく優雅に主人公を描く

で、何が良いかというとやはり小川さんの筆致が素敵です。

チェスにのめり込む「リトル・アリョーヒン」。デパートの屋上から降りられなくなった「インディラ」に思いを致し、自室の壁の隙間に入り込んだ「ミイラ」と会話をして、落ち着いたところで眠りに落ちる。

素人の私がさらっと書くと実につかみどころのない表現になりますが、ちょっと変わった少年を優しく、静かに、幻想的に描くのです。

 

周囲を彩る素敵なセリフとキャラクター達

また、それ以外の周囲のキャラクターもいいですね。

寡黙な家具職人のおじいさん、無条件の愛で少年を包むおばあさん、廃バスで少年にチェスをじっくり教えるマスター、長じておじいさんとともに家具職人となる弟、闇チェスクラブのパトロンの老婆令嬢、現実の世界に現れた少年のヒロイン的な「ミイラ」、養老院で年中白衣で仕事をする総婦長。

 

全員が全員、ちょっと優しすぎる気もしますが、セリフ繰りがどれも巧みで、また愛のある格言のようなセリフが随所に潜みます。

 

まあチェックするわりにはそのまんまですが笑

 

おわりに

ということで、久々の小川作品でした。相変わらず素晴らしい。

この静かで愛すべき作品、どう表現すればよいのでしょうか。雪のふる寒くて静かな日、外を眺めながら、ホッと一息お茶を飲むかのような気持ち?余計分かりませんね笑

暖かく、優しい、そしてちょっぴり悲しい作品でした。

 

評価 ☆☆☆☆

2024/02/08

軽妙な筆致でワイルドな軽自動車旅行を綴る。楽園、見つかりましたか? |『今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』石澤義裕

皆さん、こんにちは。

とうとう居所に戻ってきました。

当初、ローマからアブダビで乗り換えの予定でしたが、ローマでの出発が遅れ、乗り継ぎに接続できず。結局、アブダビからドーハ、ドーハから居所へ戻ってきました。

 

驚いたのは、EUでは飛行機が当初予定から3時間以上遅延した場合、最大€600の補償金がもらえるらしいのです(うちは当初到着予定から結局6時間遅延して到着、つまり当件該当します)。

で、35%の成功報酬で補償金交渉をするというAirHelpという法律会社(弁護士/行政書士/司法書士事務所?)を、格安航空券を買ったエージェントから紹介されました。

個人情報保護に微妙に抵触しそうな気もしますが、目の付け所がいいなあと感じました。航空関連情報を持った航空券エージェントは遅延した航空券を買った顧客を法律事務所に紹介、法律事務所は成功報酬を得て、一部をキックバックするのでしょうか。

 

いずれにせよ、航空会社とのやり取りや法律という専門的な文面やルールを素人が使いこなすことは難しそうで、助けてくれるのなら成功報酬35%も仕方ないと依頼しそうです。その意味でも成功報酬35%の設定もなかなか良いところをついたかなと。高すぎないギリギリの線かと。

なんてことに感心していて、Tverの広告で頻繁に出てくる過払い金返還の中央事務所のことを思い出しました。競争が激しい業界かもですが、システムを構築したらあとはバッチ処理でガンガン儲かるかもしれません。他方、同じ仕組みを他社が構築したら、あとは成功報酬率の叩き合いというレッドオーシャンに溺れることにもなりそう。

 

ということで今回は旅行本。本作はどこぞのブログで紹介されていたものです。Kindle Unlimitedでも読めるという事で読ませていただきました。

 

ひとこと

2005年より奥様と移住先を探して世界を旅しているデザイナー、ノマドワーカーの石澤氏の作品。

 

今回、「楽園」を探すため、2015年に稚内より軽自動車でロシアに渡り、ヨーロッパ経由で南アフリカまで行くという試みを書籍化したもの。

 

主旨について激しく同意

いやあ、軽自動車で欧州横断・アフリカ縦断をするという考えがぶっ飛んでいますよね。

アクションはある意味悪目立ちしているかもしれませんが、その趣旨「いつか海外に住んでみたい、コストのかからないところで海外生活をしてみたい、そんな「楽園」を探したい」という点には同意です。

 

私は家内が外人なのでふらっと海外に来てしまいましたが、気づくと早10年。今度は「もう一か国くらいどこかに行けないかな?」と家内と雑談する機会が増えました。

 

その意味で、他人様がどのようなクライテリアで確認作業をしているのかを知ることが出来て面白かったです。曰く、安全で、熱くなく、物価が安い国。眺めの良い家を買って、リノベして、畑を耕す。ビール代くらいは稼いで、肴は魚介がよいとのこと。

 

収入が確保できるのならどの国でもよいか

ちなみに社会保障費の負担(アフリカ諸国は安いのだろうけど)とか、病院の充実度とか、そういうことは余りお考えない(というか記事にない)のは、既にノマドワーカーとして相応の安定?収入が確立できているためか(あるいは編集者の方向性?)。

 

ということは後は国を決めるだけ?

というか、こうした旅行を続ける生活でも全くいいのでしょうね。現に15年くらいこのような生活をしているようですし。

 

子どもたちの教科書に載っていた奥の細道を思い出します。「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」。「楽園」は見つからず「旅」が続くかもしれませんね。

 

おわりに

ということで石澤氏の作品でした。

実は本作、コロナでモロッコで足止めを食らったことから作成されたそうです。文面や添付されている動画は「やってみました」系のノリに近いものもありますが、筆者は私より一回り上、結構いい歳のおじ様であります。すごい行動力。

 

日本での「楽園」探しとかもやってくれませんかね。あと中南米での「楽園」探しもあれば読んでみたいと思いました。

 

ちなみに書籍に載っているQRからショート動画が見れるのですがそれが秀逸。ワイルドな旅行が好きな方、アフリカ旅行を考えている方にはお勧めできるかも。

 

評価 ☆☆☆

2024/02/06

意外に読める女性の恋愛バトル!? |『彼女の嫌いな彼女』唯川恵

イタリアで一番?印象に残ったピサの斜塔

 

皆さん、こんにちは。

とうとう短い旅行も終わりに近づきつつあります。これまでヨーロッパはフランスと今回のイタリア、二つしか行ったことがありません。で、もし、住めるとしたら、と考えると、やはりイタリアかな、と感じました。

人がいい、というか、付き合いやすいように感じました。

もちろん、副流煙半端ないとか、たばこが常に臭いとか、ありましたが。

 

ひとこと

初めて唯川さんの作品を読みました。

どういうアルゴリズムかは分かりませんが、アマゾンのKindle Unlimitedでおすすめ?に入っており、何となく読んでみようかと手に取った作品。

 

恋愛小説系の作家さんかと思って敬遠してきたのですが、どうしてどうして、なかなかにドラマティックな展開に男性でも楽しむことができました。結論としてはなかなか面白かったです。

 

あらすじ

ざっくり言ってしまえば、総合職のお局様、短大卒の一般職、それともう一人の若さだけが売りの女性たち。彼女らが一人のエリート社員をめぐって恋のさや当てをするというのが大筋の流れ。

ただし、最後にちょっとしたどんでん返しが起こるというものです。

 

言いたくないけど時代設定の古さ

私は昭和生まれなので、ある意味「すんなり」と読めてしまいますが、それでも感じるのが「時代」でしょうか。本作、1993年発表のもの。

Kindle版で、巻末に作品発表時のままの表現にしてある云々と但し書きがありましたが、改めて思い返して、確かに、となりました。

 

まず総合職と一般職という採用方法が今の社会に残っているのかどうか、と。

隣で寝っ転がってYoutubeを見ている今春大学生になる息子に聞いてみました。・・・彼すら知っていました。すみません。まだ概念としては結構残っているようです。

 

まあ、その括りは置いておくとして。次。

 

女性が恋愛に生きる、というのはやはり時代なのかなあ、と感じました。

今でも当然のことながら恋愛→結婚という、いわば人生の「定食」みたいなルートはありますね。ただ、シングル、おひとり様、フリーランス、子なしetcと、もう多様な生き方が徐々に浸透してきていると思います。

独りの男をめぐって熾烈な争いが起きるという筋に「本当かあー?」と思ってしまいました。もちろん、そんなモテた経験がないためよく分からないというのはありますが。

 

鋭い心象描写はさすが

他方、端々に描写される登場人物の心象は、個人的に「分かる」と膝を叩く箇所もいくつか。

例えば千絵の結婚を日常の鬱憤の出口として捉えているシーン。

 

「結婚さえすれば、今、自分が抱えている不満も不安もすべてが解決されるような気がする。主婦業や子育てだって、考え方によってはものすごくやりがいの持てる仕事ではないか。昔は、結婚ばかり口にするような女性を軽蔑していたこともあった。けれでも今は、安定した生活に憧れている(位置103/2581)」

 

私は「結婚」を「転職」に、「主婦業」を「証券業」に、「子育て」を「どぶ板営業」に、「安定した」を「新しい」に読み替えて読みました。

 

ほかにも千絵による心象で、ひも彼氏でも家に寄り付かないと食事作りが雑になるとか。また瑞子が当初は優しい先輩たろうとしたものの、次第に心を頑なにし、ベテランのシニシズムに陥った独白とか。

 

窓際のオトメオヤジ?の私には、妙に「分かる」箇所が多くて、逆に戸惑いました。やはり昭和世代特有なのかもしれません。

 

おわりに

ということで初めて唯川氏の作品を読みました。

確かに時代は感じるものの、私は失った若さを感傷的に思い出しました。その点では何となく、ほっこりと気分になりました。

 

評価     ☆☆☆

2024/02/05

 

社会の同調圧力と狂気の一個人との相克 |『コンビニ人間』村田紗耶香

滞在先のAirbnbの宿からアルノ川を望む。一泊一部屋一万一千円也。

 

皆さん、こんにちは。

フィレンツェで感じたのですが、こちらは「犬天国」であります。電車の中にも犬、お店の中にも犬、散歩のお供に犬。本当に多くの現地の方が犬を連れて歩いています(ちなみに小型犬が多いですね)。

 

結果よく見るのは糞です。歩道の真ん中に鎮座するもの。誤って踏みつけられた茶色いくつあと付きのもの。誰かが蹴ったのか、散乱しているもの。

 

で、家内は動物嫌いかつ匂い敏感な方なので、まあ臭い臭いと煩くて・・・。生返事しかできぬ至らぬ夫であります。

 

 

ひとこと

村田さんの作品を読むのはこれで二作目。本作は155回芥川賞受賞作品となります。

一言印象を言うとすると「狂気」。狂気の凄みに満ち満ちた作品。

 

一般からの逸脱具合に薄ら寒さを感じる

まず第一に感じるのは恵子の、「ねじの外れ」具合。

主人公恵子は、社会のルール、語られないルール(間違っていても先生は偉い、スーパーで売っている鶏肉と他の肉食可能な鳥は「異なる」等)、その他いわゆる「雰囲気」などについては理解できません。

とりわけ、子ども時代はこの画一的でなく柔軟性を要求する社会的規範から逸脱し、しばしば周囲を慌てさせます。

 

幸いなのは(長じて)彼女自身が、自分が他人と違うということに気づけたことかもしれません。「あ、これは皆の常識から外れた」と感じた途端、自分以外の「世間」に合わせる能力があるのです。

ただし、ある意味でこの「勘の良さ」が彼女の不幸を深くしている可能性があります。というのも、この迎合により摩擦が避けられ、彼女の本性は引き続き周囲と共有されず、理解もされないからです。

 

画一性を強いる世間の同調圧力

他方、周囲の同調圧力も同じくらい怖いものがあります。

他人に合わせて暮らしていた恵子の化けの皮が、友人たちとの集まりの中で徐々に剥がれてゆくところはまさにそうした場面。結婚した方がいいよ、就職した方がいいよ、体が弱いって就職しないでコンビニでバイトしているって矛盾していない? 

こうした追いつめるかのような科白は恐ろしいばかりでした。

 

もちろん小説ですから、現実よりもやや脚色されまたテンションも強めに描かれるのではあろうとは思います。が、やはりこれはこれで恵子の極端さと同じくらい恐ろしい画一的な世界を描いていると思います。

 

多様性とか他者理解とか

で感じたのは、筆者の村田さんは、世間の欺瞞みたいなものを強く感じているのではないか、ということです。

多様性とか言いつつ、自分の価値観以外の価値観を認めない人がいかに多いことか。他者理解を標ぼうする人々がどれだけ他人の考えを理解しようと努力しているか。おそらく多くはないのではないでしょうか。

 

少数派は常に弱い立場におり、排除か同調かを迫られるものです。そして美しいスローガンは、誰も責任を取らないマニフェストのようなもの。少数派を安心させ、「異端」をカミングアウトしたかと思うと梯子を外すかのようなものであろうかと思います。

 

村田さんは強く世間という形なきものにルサンチマンを覚えているような気がした次第です。

 

電子版には解説がないのでわかりませんが、ほかの方が本作をどう読み解くのか気になりました。

 

おわりに

ということで村田さんの作品を読了いたしました。

この前読んだ「信仰」もそうでしたが、生きづらさ、息苦しさ、社会との折り合いの悪さ、みたいな雰囲気を感じました。その著者の危うさみたいなのが一読者としてちょっと心配になる作風でありました。

村田さんには天寿を全うして頂き、これからも暗くも鋭い、そして魅力的な作品を書いていただきたいと思った次第です。

 

評価     ☆☆☆☆

2024/01/31

 

 

村田さんの作品、癖になります。こちらも秀逸なディストピア的短編集。

lifewithbooks.hateblo.jp

 

人間を通じて辿るローマ通史 |『教養としてのローマ史の読み方』本村凌二

皆さん、こんにちは。

数日前までローマにおりました。皇帝の像とか、ヴァチカン博物館に確かにたっくさんありました。んが、改めてローマ史は書籍で読むとなかなか難しい、と感じました。

かつてギボンの大著も、本村氏の別のものも読んだことがあります。でも、脳が劣化しているのか、読中その瞬間瞬間は面白いのに、読了したあと、『じゃあ何が面白かったか?』と問うと言葉に詰まる。というか覚えていない。

今回のも非常に面白かったのです。今回は忘れる前にと、雑巾を絞るように言葉にしました。

 

ひとこと

以前も本村氏の本を読みました。もう内容も覚えていないのですが、おぼろげに面白かったことを覚えています。

今回、改めてローマ史について読みましたが、これは実に面白かった。忘れないうちに備忘として記録に残したいと思います。

 

大河ドラマばりの人間ドラマ

本作、ローマの歴史1,200年を通史として紐解いています。で、実に面白い。

それはやはり、人にフォーカスしているからだと思います。紀元前8世紀から共和制を経て、そして賢帝たち、続いて軍人皇帝時代を経ています。

賢帝でも愚かな息子を次の帝位につける、反抗した軍でも恭順を示せば許す、気前の良いことを言って約束し財政を悪化させる、反乱に諦めかけるところを妻の一言でやる気を出す等々。

良いことも悪いことも、すべて感情をもった人が行うこと。1,200年もあれば大概の事例が出てきてもおかしくはないわけです。こうした人間ドラマという切り口で政治史を読み解く巧みさにより、すんなりと文章が読めたと思います。

 

例えれば、NHK大河ドラマでしょうか。

歴史の古臭い物語ながら、多少の脚色はあろうとは思いますが、そこに描かれるのは人間ドラマ。だから面白い、と。

ただ、本作の場合、皇帝の数がまあ多いです。ですからもう瞬間瞬間は読んでいて面白いのですがもう皇帝の名前とかは覚えきれません。。。すみません。

 

衰亡の理由への踏み込みもナイス

次に白眉であったのは、「なぜローマは衰退したのか」ということへの解説です。世にいう説はどうやら三つほどあるそうで、「衰亡説」「異民族問題」「変質説」に解説されています。

 

「衰亡説」は経済的に衰えていったと。栄枯盛衰ではないですが、ピークを保つのは難しいですし、上がれば下がりますね。具体的にはかつては貴族が出していたインフラへの投資。老朽化していくとメンテナンス代がかかりますが、政府(というか皇帝)はここまで面倒を見るつもりがない。多少のメンテナンスはあっても根本的に古くなっていくと。となると非効率なインフラが非効率な生活につながり、あとは応じて国力も落ちてゆくということなのでしょうか。

 

「異民族問題」は民族大移動とも関連しています。寒冷期が始まり、ゲルマンがより温かい南に進出してきた。でも実はその前にフン族によりゲルマンが押し出されてもいた。またゲルマンを取り込んで親衛隊等に組み込むことで爾後軍人皇帝時代の混沌を呼んだといってもよいでしょう。これは良い悪いではなく結果からみてそういう原因に見える、ということなのだと理解しました。

 

最後に「変質」説ですが、これは本村先生が押しているように見えます。端的に言えば「寛容さ」を失った、というものです。かつては許す・受け入れるという文化が広まっていたものの、そのような文化が消えていったということのようです。またギリシア・ローマ的な万神論的な思考から、キリスト教一神教が国教となったことも大きいようです。

このあたりは非常に興味深くて、キリスト教が偏狭であると言っているのではないのですが、他の宗教を認めないという司教(アンブロシウス)が力を持ったり、皇帝へのプレッシャーをかけたことなどが大きいようです

 

おわりに

ということで、本村先生の著作でした。

非常に読みやすいにも関わらず格式たかく歴史を謳い上げている佳作でありました。タイトルにある通り、教養としてこういうのがさらっとしゃべれるとちょっと素敵ですね。

世界史が好きな方にはおすすめできます。

 

評価     ☆☆☆☆

2024/02/01

 

かつて本村先生の本を読みました。印象しか残っていませんが。。。

lifewithbooks.hateblo.jp

 

 

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