海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

米国陰謀論を原書でよんで死んだ話―『The FEDERAL RESERVE CONSPIRACY』著:EUSTACE MULLINS

陰謀論は好きです。ただ、わざわざ原書で読む必要もなかったな、と読後に後の祭り的後悔。いや、大変疲れました笑。

 


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内容はFRBの設立とその仕組みについてなので、金融知識についても相応の知識が求められるものでした。英語も難しかったです。

 

章立てはすべて人名なのですが、20世紀初頭から半ばまでの米国史の中心人物が揃い踏みです。

 

NELSON ALDRICH (上院議員)
SENETOR ALDRICH
SAMUEL UNTERMYER (弁護士)
WOODROW WILSON (第28代アメリカ合衆国大統領)
CARTER GLASS (政治家。ウイルソン政権で財務長官)
PAUL WARBURG (クーン・ローブ商会パートナー。ユダヤ人)
MORE PAUL WARBURG
BERNARD BARUCH (投資家。ユダヤ人)
ALBERT STRAUSS (セリグマン商会パートナー。FRB副理事)
MORE PAUL WARBURG
ANDREW MELLON (実業家・銀行家。元財務長官)
HERVERT HOOVER (第31代アメリカ合衆国大統領)
FRANKLIN D. ROOSEVELT (第32代アメリカ合衆国大統領)
MARRINER ECCLES (FRB議長)
HERBERT LEHMAN (政治家、リーマンブラザース・パートナー)


内容

よく分からんなりに読解できたのは、概ね以下の2点。

 

  1. FRBの株主は政府ではなく一般銀行。従い、FRBは銀行家のための銀行に過ぎない。
  2. つまりFRBは国民の為ではなく、そのために金融市場を安定させない働きをしている(敢えてボラティリティをつける)。

 

FRBの株主が政府ではないという話はよく耳にします。試しに一応、FRBのサイトを見たのですが、FRBは誰のものでもない、とありました(”The Federal Reserve System is not "owned" by anyone.”)。結局のとこ、どうだかわかりません。。。。Financial Statement(決算書)とかないのかしら?

www.federalreserve.gov

 

FRBが寧ろ金融市場を不安定にしている、というのはよくわかりません。リーマンショックが起きたときは、グリーンスパン金利引き締めを怠ったなんて話もありましたが。

 

FEBが設立されたのが1914年ですが、本作ではWW1での戦時ファイナンスFRBが仕掛けた(必要のない戦争に巻き込んだというのが筆者の主張)とかあります。いわゆる大恐慌FRBの仕業とされています。こうしたことは米国経済史や大恐慌、それから金本位制の仕組み、ひいてはその後のブレトンウッズ体制についても少し勉強しないと判断がつきません。

 

でも、仮にFRBが私企業・銀行家の手にあるとしてもおかしい話ではないとは思います。政治の世界もロビー活動というのもありますし、お金を持っている人はお金で人を動かそうとしますし、お金がないと生きられないのは政治家とて同じなのですから(当選しなければただの人)、そこに癒着は発生しうるわけです。

 

ちなみに、幻冬舎のページで金井規雄氏と言う方が本作と殆ど同じことを述べていらっしゃいました。私は本作は3週間かけて読みましたが、時間無駄にしたかも笑

gentosha-go.com

 

おわりに

陰謀論というと大袈裟ですが、金融業界が政府内に治外法権を作ろうとしている、と主張する、どちらかと言うと汚職暴露的な雰囲気でした。1954年の作品でしてちょっと古いのですが、ここから筆者はユダヤ陰謀論へ深く傾注していく感じです。それらと比べると普通に社会派な本でした。

 

あと、冒頭のところでFRB設立のために銀行家たちがお忍びでジキル島に秘密裏に打ち合わせを開いたってシーンがあります。Hotels.comだかagodaだかで調べたら宿がありました!機会があったら行ってみたいなあ。

 

評価 ☆☆☆

2021/07/11

 

 

筆者渾身の陰謀論は以下。どうにもコメントしづらい作品。

陰謀論色濃すぎて。。。-『カナンの呪い 寄生虫ユダヤ3000年の悪魔学』 - 海外オヤジの読書ノート

一般サラリーマンにも当てはまる、科学者が負うべき倫理―『科学者とは何か』著:村上陽一郎

 とある図書館で処分品として一冊30円程で売っていて購入しました。村上氏は科学史、科学哲学とか、そういう分野を研究されている方で東大とかICUで教えていらっしゃった方。科学論をテーマに現代文の問題で取り上げられることも多いですね。

 


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 読みましたがこれが非常に面白かったです。

 内容を極々簡単に言えば、本作は、科学者の倫理はどうあるべきか、という本です。

 

ざっくりよめる科学史(科学者史!?)

 まずは科学史が非常に興味深い。

 当初は科学者は単なる同好の士であったこと、更には職能集団として機能し、その口伝の中で倫理も伝えられていったこと。大学での教育を経るも19世紀までは神への誓いとして職業倫理が保たれていたそう。困った人を助ける医学、弱い人と助ける法学、そしてそれはすべて神の召命につながっている、と。

 ところが市民革命以降は神命への遡及は廃れ、個別科学の深化も進み、学会という同胞組織ではピア・レビューなどでこっそり成果横取りなどという輩が現れ、科学者の研究は他人を出し抜いて新たな成果を発表するという性格が出てきたと言います。

 

科学者が内部に安住できる時代は終わった

 他方で、科学界がその内部だけで安住できる時代は終わったことが示唆されます。自分の研究成果が明らかに外部世界を改変するということです。

 顕著な例は原爆です。第二次世界大戦中の亡命科学者のシラードが原子力の軍事利用を阻止するべくアインシュタインらの協力を仰ぎつつ当局に働きかけるも、逆に米国は軍事利用を進める形になりました。原爆の結果、研究を自らやめた学者も居たそうです。科学の研究を他人が利用することで害悪が及ぶことがある、と科学者自身が認知し始めました。

 

 また、科学者が外部への説明責任を果たさざるを得ないことも明示しています。

 日本で大学院生活を送った方には馴染み深いかもしれません。所謂学振や科研費の減少もあり、部外者に対して研究の意義や有効性について説明する必要が迫られるようになったということです。

 

 つまり、科学者は自らの研究の外部的インパクトについて想定せねばならない。場合によってはその倫理的スタンスについても整理するべき。また、研究費を獲得するため、自らの研究の意義を門外漢にも伝える努力が必要である、と言えます。

 

てかこれ、まさにサラリーマンの姿

 さて、勘の良い方は薄々気づくと思いますが、こうしたことは何も科学者に限らないと思いませんか。

 自分の仕事が周囲にどのようなインパクトがあるか、そして自分の仕事の意義や結果について自己レビューをするって、これは世の仕事人がやっている・やらねばならないことそのものではないでしょうか。

 仕事の外部的インパクトについては、サラリーマンだとあまり考えないかもしれません。でも、年端もゆかない子どもに自分の仕事の内容を聞かれたらどうでしょう。パパの仕事って何なのと。そういう視点で考えると、自分の仕事の外部インパクトについて整理できそうな気がします。

 成果についての説明責任についてはこれまたサラリーマンが毎年やっているものですね。年次レビューとかKPIとか呼び名は色々ありますが、サラリーを支払う人への説明責任ってありますよね。

 そうしたことを考えると、本作で問われている科学者の倫理は科学者に限ったことではないような気がしてくるのです。

 

おわりに

 筆者は最後に科学者は『社会と人類にたいして責任をもつ』べきと述べています(P.181)。

 上で書いた通り、私はこれは科学者に限らずに問いうることであると思います。倫理というのは明文化された法律ではないので強制はできません。ですので、倫理感を持つとはある意味でこうした説明責任を(誰にも強制されないなかで)果たしていく、という事なのかもしれません。一方、金銭という誘惑が常にこの倫理観を曲げようとしているようにも思えます。

 自分は今、社会と人類にたいして責任をもって仕事をしているか? 自分の立ち位置や日々の仕事の仕方、将来への展望をも省察する機会となった良い作品でした。科学史系の本としても純粋に面白い本です。あ、あと大学院に進学したい方は読んでおいて絶対損はないと思います。特に理系の方。

 

評価 ☆☆☆☆

2021/07/11

金融犯罪の裏側と送金の仕組みを教えてくれる良書―『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』著:橘玲

 マネーロンダリング(以下、マネロン)というとちょっとおどろどろしい雰囲気があります。暴力団やテロ組織の資金洗浄とか、新聞やニュースでもよく目にする言葉です。

 

 金融機関で働いている人でも、自信をもって説明できる人は結構まれだと思います。きっと概念はわかっていると思いますが、実際にしょっちゅう見るわけでもなく、むしろ日常業務ではレアキャラだと思います。

 

 本作は、そのような立ち位置のマネロンが、具体的にどのようになされるのか、どのようにして可能か、そしてその底に流れる思想について説明してくれます。

 


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 私が理解しているところでは、マネロンとは、お金のトラックが出来なくする、という事です。とりわけいわゆる『悪いお金』(麻薬の販売代金、わいろの現金とか)を、その出自が分からないように送金とか為替を行ってゆくような行為です。

 

 お金の流れを追えないようにするのは簡単。得たお金を常に現金で取引をするだけです。ただし、それが大金になったり、あるいは国を跨ぐときに問題になります。従い、マネロンの肝は金融機関を使って大金を送金するないし為替取引を行い、『クリーン』にすることにあります。

 

相変わらずよく分かっているし、アイディアがすごい

 これにあたり、第三章で説明されるコルレス銀行やコルレス口座の説明が秀逸。海外送金をするときに実際の物理的なお金は動かず、帳簿上、自国と外国の間の通貨の残高を増減させるだけ、という話です。

 この海外送金をオフショアバンクやプライベートバンクを使い、さらには法人口座を使う等すれば誰から誰にお金が流れたか分からなくなります。いわゆる地下銀行のアイディアも類似の考えです(全く伝わりませんね。ごめんなさい。。。)。

 

 これ以外にも、日本で通帳で入金、海外でキャッシュカードで出金などの荒業を使えば送金なしでお金の移動が可能になります(外国人労働者が使用したり、海外逃亡犯を助けるようなケースで使用されそう)。

 

エピソードが面白い

 さて本作のもう一つのポイントは、橘氏のビビッドな筆致です。

 ライブドア事件、カシオ詐欺事件、ヨハネ・パウロ1世暗殺に絡むバチカン・マネロン事件(私はこれが一番好き)、イスラムテロを支えたマネロン銀行の話等々、話が具体的で躍動感があるということです。これは金融小説の中で筆者がいかんなく実力を発揮しているところです。

 

lifewithbooks.hateblo.jp

 

 

lifewithbooks.hateblo.jp

 

 マネロンは国家への不平の表れ!?

 もうひとつ。

 マネロンは狭義ではいわゆる資金洗浄ですが、広義の脱税的行為もカテゴライズされます。そこで思いが至るのは、なぜ人・団体が脱税するのかということです。

 もしある国で脱税をするような事案が多いとすれば、それは税金という言わば居住・登記権利等々サービス料みたいなものに対して、『高い!』と感じる方が多いということではないでしょうか。であれば、お金はその国から離れて行きそうです。企業や団体が送金コストを可能限り抑えるために、一部はグレーゾーンに陥ることも出てくるでしょう。

 その点ではある意味、マネロン事件とは国家の選別の証左になるのではないかと思います。勿論、私をはじめ一般人は自分の国を離れるということなど到底できません。しかし、企業や小金持ちなどが税金(ショバ代)が高いと思ったとたん、国家の選別が始まってしまう気がします。

 日本の公的サービスは税金に比して高いと感じますか?安いと感じますか?

 

おわりに

 本作は本棚整理の一環で再読しました。面白かった。処分用の段ボールではなく本棚に戻すこと決定。

 マネロンとはどういう事なのかを学べる以外に、国家とは何か、国家の権限とは何かまで考える材料にもなる良書だと思います。

 

評価 ☆☆☆☆

2021/07/08

明治の日本人論。実はアイデンティティ・クライシスの克服が原因か?―『武士道』著:新渡戸稲造 訳:岬龍一郎

かつて五千円札の肖像となっていたことで有名な新渡戸稲造。そしてこの『武士道』も国際的に有名な作品ですね。少なくとも名前は結構聞きますよね。

 


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明治維新期の日本人論 in English

 こちら、一言で言えば、日本人論です。もっと詳細に言えば、日本人の道徳論です。

 明治の開国以来、それまで明文化されていなかった日本人道徳論を文字に表した初めての作品であろうと思います。

 

 ただこれ、理解するのはなかなか簡単ではないと思います。

 まず、日本人が意識せずに持っている中国の儒教的思想を知らないといけません。本書では、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義、等々が語られます。これらが大まかにどのような意味なのかを知っていないとちょっと分かりづらい。ってか、学校でやりませんよね、こんなの!

 

 さらに、これら日本人道徳観の具体例として多くのエピソードが語られます。市井の武士の話から、太田道灌源義家林子平新井白石、などなど。人選が現代人からすとちょっとビミョーな気もしますが。

 で、この後がすごいん。これら具体的エピソードは実は西洋の中にも見られるものだ、ということで、プラトンシェークスピアニーチェバルザックモンテスキューヘーゲルソクラテスドン・キホーテディケンズオリバー・ツイスト)、等々の引用、リファーをしまくるのです(ちなみに時代からすると、彼はこれらはすべて英語で読んでいるはずです!!)。

 武士がこれこれするというのは、かつて林子平がなした○○のごとくであるが、西洋ではそれをバルザックが××と唱えたのと一致するものである、的な表現です。

 

 実を言うと、なんだ引用ばかりで結局よくわからないや、この人は自分の知識をひけらかしたいだけにしか見えないや、と感じました。

 

解説を読んで見方が変わる

 しかしながら、解説を読んで考えが変わりました。

 彼が本作を出版したのは1899年、アメリカはカリフォルニアで英語で執筆したものです。当時は明治開国から程ない時期、日清戦争を経て、西洋社会で日本と言う小さい野蛮な国があるとやっと認知されたばかりだったのだと思います。

 おそらくは偏見に満ちた物言い、心無い誹りもあったのだと思います。白人でもないし。また、本人にも日本人とは、日本とは何かというアイデンティティ・クライシス的なものも、西洋に赴くなかで持ち始めたのではないかと思います。

 

 そのように考えると、本作は、彼が彼自身のために書いた本ではなかろうかという気がしてきました。自分が書くことで日本人の道徳とは何かをはっきりさせたかった、と。相当の博識の持ち主であったことは疑うべくもありませんが、持てる知識を総動員して日本人の道徳観は西欧にも通じている普遍性を持つと説明したかったように思えてなりませんん。

 

 でも、スーパー凡人の私は通読二回目にして、やっぱり十全に理解したとはいえません。もっと西洋の話も儒教の話も勉強してから再チャレンジをしなければと思いました。

 ましてや、解説にあるルーズヴェルト大統領が読後感動して家族や友人に配りまくったというエピソードがありますが、私はこの大統領は内容は殆ど理解していないに賭けますよ笑 そんなに簡単じゃないと思います。

 

おわりに

 おわりに、きっかけを。

 本作は以前読んで本棚に眠っていましたが、先日、戦争の本で某イギリス人作家が日本兵の暴虐を表現して、これが彼らのBushidoなのだ、と批判しており、いやいや違うでしょ、と思い、再読してみたものです。

 

lifewithbooks.hateblo.jp

 

 私自身、今回読み終わった後でも日本人の道徳心を他人に説明できる気がしませんが、ましてや外国人が本作を読んでも決して日本人を理解できないだろうなと感じました。

 であるならどうするか。私たち自身が日本人の道徳心・感じ方・考え方を私たちなりに言葉に紡いでいく必要があるのでは?と思いました。海外に住んでいるから特にそう思うかもしれませんが。

 本作はまた儒教系の本を勉強したら再読してみたいと思います。

 

評価 ☆☆☆

2021/07/04

自己認知・コンディショニングの一環としてのマインドフルネス―『世界のエリートがやっている最高の休息法』著:久我谷亮

 正直言うと、ビジネス書が苦手です。「最高の」とか「ハーバード流」とか、そういう形容詞がついている、まず避けます。私の第一の反応は「うさんくさい」です。

 

 とはいえ、最近、マインドフルネスとかレジリエンスとかよく聞きます。私はヨガが好きなのですが、一応近年の周辺状況も知っておこうとおもい、たまたま中古で安かったので本書を購入しました笑。

 


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 読んだ感想です。

 

 ためになる

 

 本書の趣旨は、瞑想の効果を脳科学的に解明し、これをビジネスシーンに生かしていく、ということです。

 意識散漫になる、気が散る、解決しない未来の不安や失敗してしまった過去へのとらわれから自由になる、怒りをコントロールする等々、これらを瞑想で解決するのです。

 

 表層の効果を書くと自分で書いていて胡散臭く見えますが、言い方を変えると、気持ちの切り替え方のテクニックを教えているともいえます。舞台で緊張したら観客がジャガイモだと思え的な(こんなんじゃ緊張とけないけど)。

 また怒りの静め方も、なぜ自分は怒るのかと、矢印を自己に向ける認知法は、キレると日記をひたすら書きそれを読み返す私の方法と親和的だなあとちょっと感じました。自分を認知することでよりよく自分をコントロールする、と。

 

 本文の大部分はストーリー形式で進んでいくため、すんなり読めます。優しいつくりです。それから、米国では精神科系の疾病は薬ではなく、瞑想をはじめとしたオルタナティブ系の治療での取り組みが進んでいるそうな。それもなるほどと思いました。

 

おわりに

 筆者は日本人ですが、アメリカの偉大さを感じました。

 東洋的な瞑想という異教の習慣ですら、サクっとその実効性の部分をまず取り出して、洗練していく。更には脳科学と結び付け発展させていく。

 私もできたら瞑想を日常生活に取り入きたいなあと思いました。ただ、どうやって習慣化するかはあまり解説がないので、実践と習慣化はちょっと難しいかなと感じました。日常の雑事をどうしても優先してしまうと笑。

 自分の生活・ストレスを改善したい、コンディションを良化させたいと考えている方、自分の感情をコントロールしたいと考える方々には参考になる本です。

 

評価 ☆☆☆☆

2021/07/03

万華鏡、あるいは3ウエイバッグ? 要は色んな切り口のある本 『もの食う人びと』著:辺見庸

 

 面白かった

 この作品を良さを言い表すのにふさわしい言葉が見当たらず、3ウエイバックなどという仕様もない書き方をして申し訳ない。要は、切り口によって意味合いが異なる、多元的な読み方ができる本と言いたかったものです。

 

 そもそもは息子の高校受験の過去問で出会った作品であり、なかなか面白かったので一つ読んでやるかと購入したのがきっかけ。

 


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 さて、本作ですが、以下3つの切り口から読めると思いした。

 

1.紀行文

2.現代史

3.生活史あるいは個人史

 

元祖ハイパーハードボイルドグルメリポート

 まず、紀行文として面白い。要は旅行本。

 旅行がしづらいコロナ禍の下では一層焦がれてしまう海外。本作は特に食べるということをテーマに挙げており、食べることが好きな私(因みにうちの家内は調理師)のハートをとらえました。その点でも本作は掛け値なしに面白い食べ物中心の紀行文と言えます。

 印象的だったのは、ダッカの残飯飯(残飯を集めてきてチャーハンやおかゆにする)やジュゴンを食べるためのフィリピン島しょ部での迷走、チョコもアイスも知らないウガンダエイズ村の女の子の話などが印象的。

 30年前の作品ですが、今風にいうとテレビ東京でやっていた「ハイパーハードボイルドグルメリポート」に似ていると思います(多分日本のNetFlixで見れたと記憶しています)。

https://www.tv-tokyo.co.jp/hyperhard/

 

現代史、教科書の続きのはなしとして

 次に、現代史のテキストとして参考になります。

 現代史のカテゴリについては、合併後の東ドイツ、ロシアなど旧社会主義国の旧態依然たる様子、またユーゴ内戦と民族浄化など、教科書では習いきれない近年の内容が個々のエピソードを通してみることができ、参考になる。

 旧東ドイツを中心としたネオナチの勃興の理由、ロシア海軍の物品横流しと若年兵の餓死の話、クロアチアの田舎の村でセルビア兵の攻撃におびえながらで一人で暮らすアナばあさんの話。特に私の場合、ネオナチの話は頭では理解していましたが、掲載されている話を読むと、複雑さというかやるせなさを一層感じてしまいました。

 こうしたエピソードから、なぜこのような現状になってしまったのかと近現代史を辿るきっかけにもなることでしょう。

 

語ることの重たさ

 そして最後に、ミクロな個人の記録として価値が高いと思いました。当然ですが現代史ともかぶります。

 特に韓国従軍慰安婦の話は、心に鉛が沈殿していくように、どんよりした気持ちになります。しばしば日本の報道でも目にする李容洙さんら3人の女性へのインタビューが掲載してあります。

 仕事があると誘われて行ってみたら慰安所だった、輸送中に韓国語でしゃべってたところを見つかって日本兵にレイプされた、毎日40人もの男性を受け入れコンドームを洗って片づけるやるせなさ、そのさなかでの一部の優しい日本兵との交流等々。

 このような個々人に刻まれている記憶は、政府間の取り決めとか、史実と異なる部分があるとか、取り決め・制度・他人からの印象等々という次元とは全く違う領域に存在するものだと思います。

 命が消えかかろうとしている高齢のおばあちゃんたちが訴えようとすること、それをあたらめてじっくり聞いてみたくなりました。自虐史観とかそういう話ではなく、彼女たちの話は善悪や良し悪しとは別に、次世代に語り継いで行くべき話であると感じました。こうしたことは繰り返してほしくはないし、仮に自分の妻や娘に起ったらと想像してしまいました。実に苦しくなります。だからこそ私は知りたい、と思いました。

 

おわりに

 ということで、気軽なエッセイを読むつもりでしたが、重たい内容も含まれていました。本作、素晴らしく色とりどりである世界の多様性を見せつける一方、人間性の残酷さの片鱗を克明に晒す秀逸なエッセイであると感じました。うちの中学生と高校生の子供たちにも読ませてみたい。

 

評価 ☆☆☆☆

2021/07/03

旧帝国陸軍幹部の思考力の貧困さを、経験者が克明に描く―『一下級将校の見た帝国陸軍』著:山本七平

 非常にショッキングな本だと思います。

 

 戦争のおそろしさ・生々しさは言うに及ばす、硬直的・融通無碍で変われない帝国陸軍の構造的な欠陥にショックをうけました。

 

 自分の祖父達が、こんなに下らない組織のためにシベリアや中国に連れていかれたのかと思うと、悲しくやるせない気持ちになります。

 


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 改めて全体を概観しますと、本作は、筆者山本氏が青学卒業と共に徴兵され、訓練を受け、その後フィリピンへ送られ、死の淵を彷徨いながらもかろうじて生還した、という話です。回想の中で語られるのは、帝国陸軍の愚かさ・駄目さ加減です。

 

旧来体質のブラック企業に通じるオソロシイ日本軍

 まず、筆者は砲兵として訓練を受けます。のっけの訓練からずっこける。先ずその訓練は対ロシアを念頭に置いており、武器も旧式、そして戦術も1944年当時で既に20年前の技術だったという。しかも訓練指導者は大いに自信過剰。

『そのくせみな急いでいた、あわてていた。だがリアリティが欠けていた。そこには、はっきりした目標も、その目標に到達するための合理的な方法の探求も模索もない。全員が静かなる方向へ、やみくもに速度を増して駆け出しているような感じだった(P.37)』

 

 その後、ロシアではなく対米国向け訓練を受けることになるも、教官が南方での対米戦の要諦を知らない。よって、今までの訓練を踏襲するという。つまり訓練そのものが無意味であり、それを誰もが分かっているものの変えられない固定的な低レベルの組織が浮かびあがります。

 本部からの命令には歯向かうことができず、若手の幹部候補はアイディアのかけらもない。他方下級古参兵は訓練内容などには無関心(自分では決められないし)であり、ただただ、二回り以上年下の幹部に歯向かわないように組織を維持する(筆者はこれを『自転する』と表現しています)。

 このような経験もあってか、筆者は、固定的な身分制度から能力本意への昇進を提案しています。現在の官僚のキャリア制度や企業の学歴偏重にもつながる話でもあります。

 

戦地での思考停止オンパレード

 戦地での話もひどい。例えば砲台を運搬する話。当初は現地では馬でも牛でもあるといって、日本からフィリピンへ送られてきた砲兵と砲台。到着すると、馬も牛もいない。山道を伝い目的地まで運べ、とその命令だけが絶対。100キロを超える砲台をどうやって運ぶというのか。一切何の考慮もない命令に、砲兵部隊の上官は「思考停止」、ましては末端の兵士も「思考停止」。兎に角やるしかない、とあきらめた先には、機械のように只々現実を耐えるしかなくなってしまう。

 

 私は証券会社時代の営業を思い出しました。「おい、お願いだからよぉ、やってくれって言ってんだよ!困った顔してないでさっさと売って来いよぉ!」

 ノルマ商品が残っている夜8時。考える時間も与えられず、とにかく動くことを強要され、結局断られた顧客にまた電話して、あんまり電話するものだから嫌がられる。自分も自分で、もう売れるわけないと思いつつ、只々今その時間が過ぎて一日終わることだけを願いつつ電話を握る日々。どうすれば断られた顧客に売れるのかなんて上司が答えを持っていない。

 私のへぼい営業体験を比べるのも失礼だが、上が聞く耳を持たないと、組織の中下流にしわ寄せがきます。中間管理職もへぼい場合、あるいは問題が余りにも大きい場合、組織は「思考停止」してしまうのでしょう。

 

バターン死の行進の真実とは

 もうひとつだけ。有名なバターン死の行進についても語られています。

 筆者はやや戸惑いながらも蛮行について概ね反論しています。曰く、日本兵自身はより過酷な状況におり、米軍捕虜に対しては温情をもって接していたと。ただ、米軍からすればそれは過酷過ぎたということでしょうか。豊かさの差が引き起こした悲劇かもしれません。

『あれが、”死の行進”ならオレたちの行軍は何だったのだ』『きっと”地獄の行進”だろ』『あれが”米兵への罪”で死刑になるんなら、日本軍の司令官は”日本兵への罪”で全部死刑だな』

 被害関係者には申し訳ない気持ちも湧きますが、もし加害者が故意でないとすれば、その子孫である我々もまだ多少は救われるかもしれません。

 

おわりに

 これ以外にも、軍部で見られた奇々怪々なる現象が多く語られます。ドラマティック大声野郎が何故かいつの間にか舞台を動かす。なぜか上官は戦後も責任を取らず、悠々と捕虜生活を送る。兵士はおろか国民すら守る気もなかった軍幹部。

 歴史を勉強していると、第二次世界大戦で日本は欧米にハメられた、という論調も時に見られますが、日本軍部の精神構造も十分腐っていたのではと思わずにはいられない作品でした。そしてその精神構造の一部は、幾分かは未だに我々が引き継いで保持しているメンタリティである気がします(プライド・意地・組織を守る等々)。

 

 悲惨な戦争への教訓としてのみならず、腐った組織の完成形として反面教師としてパンチ力十分な教材です。学生、ビジネスマン、主婦・主夫、引退した方、組織と人を考える全ての方々に読んでいただきたい作品です。

 

評価 ☆☆☆☆☆

2021/06/27

 

 

 

 

あわせて日本の組織の思考停止・オーナーシップの欠如についてはこの作品が参考に。

戦中日本軍から垣間見えるダメな日本―『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』著:戸部良一、鎌田伸一、村井友秀、寺本義也、杉之尾孝生、野中郁次郎 - 海外オヤジの読書ノート

バターン死の行進について、米軍側の意見としてはマッカーサの回顧録は選択肢の一つ。

史実と回顧の違いは大きい。内容は月並みも是非解説を読んでほしい。―『マッカーサー大戦回顧録』著:ダグラス・マッカーサー 訳:津島一夫 - 海外オヤジの読書ノート

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