海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

絵画って奥が深い!うんちく心が刺激される! |『恋する西洋美術史』池上英洋

皆さん、こんにちは。

私の会社では、今年から週三日のオフィス勤務が義務化されました。なんというか、これがきつい(泣) 実に甘ったれた泣き言なのですが、これが現実。金曜の晩はもうぐったり。

3-4年続いたコロナ期を経てしっかり年もとりました。またこの間、二回も陽性にもなりました。こんなにダルいのは後遺症?いや多分違います。単なる疲れです。

かつては当然のように週五日でオフィス出勤していたのですが、今やそれすらスーパーマンのごとく頑強なように思えてしまいます。

 

で何か影響あるかというと、結果土日はほぼ引きこもり状態。もうひたすら睡眠と読書に費やされている気がします。

その一気読みの中で今回読んだのが、美術史家の池上さんの作品。彼の作品はこれで二作目。今度は新書ではなくて学術書で分厚いのを読んでみたいですね。

 

ひとこと

いやあ、面白かったです。絵画と西洋文化史とを絶妙につなぐ本作。しかもテーマは恋愛。

 

読後、絵画の豊潤さに思いを致しました。

 

絵画、とは?

で、陳腐に思ったこと。

絵画って、歴史を綴るなあと。

 

洞窟で暮らす人々の生活を写すところに始まり、キリスト教の宗教画として機能したり。ルネサンス期にはキリスト教以前のギリシア文化を描いたり、より世俗化したタッチでの聖人画や聖書の題材を描くなどしたり。パトロン肖像画を描いたり。更には絵画(とそのパトロン)がより一般化したことによりブリューゲルらが農村の風俗を残すようになったり。

 

絵画は深い!

何か知らんけど、妙に感心してしまったのです。

 

絵画、深いじゃないか、と。

 

単なる美醜で見る。これもまた良いでしょう。でも、それだけに留まらないのです!

その作品の中に新たな技術を見出したり、あるいは全体の構図から寓意を見出したり、描きこまれるアイテムから聖人を特定したり。つまり、描きこまれたアイテム一つ一つを繙くと、そこには多くの意味が込められているわけです。ぞくぞくしませんか?

 

時に人はそれを「うんちく」と言って揶揄します。が、一定数の中高年のおじさんにはこれは蜜の味です。そして実際、端々に潜む意味・意義を教える本作、私には面白く感じました。

 

で、本作はそういうことを丁寧に教えてくれる作品であった、ということです!

 

おわりに

ということで池上氏の西洋美術史の本でした。

絵の話ではありますが、習俗・風俗の話、作家の話、西洋史(文化史、宗教史、政治史)、ギリシア神話新約聖書旧約聖書など、色々な話が分かっていて初めて十全に楽しめる世界だと感じました。

 

池上氏の解説により、やっとこその一端を垣間見ただけですが、知の蓄積・集積、まさに歴史を感じた一作です。

 

中高年の歴史好きには激しくお勧めできる作品だと思います。

 

評価 ☆☆☆

2024/01/20

コンパクト・ハンディな三菱事始め |『岩崎弥太郎と三菱四代』河合敦

 

皆さんこんにちは。

本日は小噺なし笑 一週間疲れました。

 

ざっくりと

タイトル通りの三菱四代についてコンパクトにまとまった作品。

四代と言いますが、ページの配分的にはざっくりと、初代の弥太郎が65%、その弟で二代目の弥之助が25%、残り10%が三代目四代目の記述、といったところ。

 

オーナーシップに富む雰囲気!?

初代弥太郎の記述が中心なので当然ですが、弥太郎のやらかしが目につきます笑

血の気の多さとか、遊郭通いとか、公金使い込みとか。

 

初期の事業である商船時代の社訓で『俺の会社だー、儲けも損も全て俺の責任だからなー』(P.88)みたいなことを書かれているようです。経費の請求でレシートを白紙に貼り付けて請求しているのを見て激怒しているという逸話もありました。コスト意識の強さの観点を強調してのことだと思いますが(今なら裏紙使用はコンプラや情報漏洩的に問題になりそうですが)。

初代弥太郎は、ケチというよりも、オーナーシップという言葉で形容したほうがしっくりしそうです。マイクロマネジメントと言えなくもないですが、全て自分事としてオーナーシップをもって仕事していたと。

そのような姿はきっとエネルギッシュで、魅力のある方だったのだと思います。

 

変わり目の素早さも強さ

感心するのは二代目の変わり目の速さ。

商船事業で政府系企業との消耗戦の末、三菱商船合併を画策。合併企業からは手を引き新たに三菱社を創設。こちらが今の三菱系列の元となっていることになります。

鉱業(銅)、炭鉱、造船・重工業、銀行など現在の三菱グループの中心的企業がこの時代につくられた模様です。

このドラスティックな変化を前に二代目の胸に去来したものは何だったか、少し知りたくなりました。

 

会社はだれのもの?

もうひとつだけ。

筆者がしきりに岩崎家を持ち上げて『国の為という精神がすばらしい』『公共心がある』的なことをいっているのですが、やや時代錯誤的に感じました。

企業は、よりお金があるところに流れる、個人的にはそう思います。

但し、公共心とか、(少なくとも)大衆への言葉が語れるかたでないと、大成することは難しいのかもしれませんね。

 

おわりに

ということで三菱グループのアンチョコ系歴史本でした。

学生さんが就活で使いそうなハンディな厚さですが、サラリーマンがちょっとした勉強で読むのにも適しているかもしれません。

 

評価 ☆☆☆

2024/01/13

不条理の極北 |『日本軍兵士』吉田裕

皆さん、こんにちは。

私は、日本軍関連の書籍が存外に好きです。

別に、子供のように強いもの・大きいもの・早いものが好きというわけではありません。むしろ、何でここまでひどい状況になってしまったのかという組織論的な関心、あるいは、このような悲惨な状況と比較して、自分は幸せをかみしめなくてはならない(文句ばっかり言っているのではなく)、といった自省的な観点から読んでいるような気がします。

 

今回の作品も、ため息がとまらない酷い状況を描きます。

 

 

はじめに

本作は一橋大学名誉教授の吉田氏による、太平洋期間中の末端兵士の状況を記録した作品になります。

 

太平洋戦争を4つの期にに分類し、その中でも絶望的抗戦期に焦点をあてます。各種資料から戦地での兵士の状況をあぶりだします。具体的な切り口は、衛生状況、医療、食事配給、ロジスティック、通信、人員管理、軍需品製造、組織管理、グループシンク、などでしょうか。

なお、ご参考までに4期を挙げますと以下の通りです。もう勝ち目がないことが薄々認識されているなかで、だらだらと戦いが続いている期間、でしょうか。

戦略的攻勢期(1941.12 – 1942.5)

戦略的対峙期(1942.6 – 1943.2)

戦略的守勢期(1943.3 – 1944.7)

絶望的抗戦期(1944.8 – 1945 .8)

 

悲惨といういうほかなし

私が持った印象を端的に述べれば、最悪、悲惨、地獄、といったところ。

人の命よりも国家の存亡が優先された時代。もう読んでいて唯々悲しい気持ちしか抱けません。信じられない。

恵まれた時代の豊かな国にいるともう別世界の話ですが、ほんの一世紀前の現実であることを考えると空恐ろしい気がします。

中でも印象的なのは、非戦死の多さ、不透明な組織構造、立ち遅れ、でしょうか。

 

戦争に行っても、戦闘では死なない

戦争の本ですので、死の記述は前編にわたって記載されています。それにしても非戦死に関する記載は頻度が高いです。そして実は戦闘以外で相当度の方が亡くなっているという事実に愕然とします。

具体的に言うとその死因は、病死、餓死、自殺、いじめです。

 

筆者のひく書籍によると、病死の率は、1941年の日中戦争時点でおおよそ50%超、そして徹底的抗戦期ではこれが75にも上るという(P29, 30)。しかも当時は戦(闘による)死に重きが置かれたため、傷病兵をその場で殺し戦死扱いとする、あるいは兵站上の問題からそのまま放置することも多かったとか。つまり戦死の率は更に低い、と。

 

餓死については、制海権・制空権を相手に握られ、兵站が途絶された状況では、容易に想像がつく死因であります。作中では、意識がもうろうとなった餓死寸前の兵士のスケッチなどもありリアルです。

 

自殺というのは、想像には難くないものの、今まで私があまり見聞きしない戦中の死因でした。作品では宜昌作成という日中戦争時の戦闘で既に、一連隊(およそ1,500名)でその戦闘作戦中38名の自殺者を出したとか。戦地でのプレッシャーに対するメンタルケアなぞおおよそ当時の上官の意識にはなかったでしょうが、何とかできなかったのか。いわんや終戦間際はいかばかりだったことか。

 

いじめについても幾らか記載があります。古参兵とが新参兵を撲死させるのは良くあることだそう。また終戦末期では精神障碍者なども戦地に送られたそうで、こうした古参兵の格好の餌食にされたことかと思います。

 

国を守るための戦地に赴いたのに、この大切な生命は戦闘以外のところで、無駄にされてしまったのです。

 

どうしてこうなるの?

もうこれ、なんでだろう、という話になるじゃないですか。

本書には個別の原因追及は余りありません。むしろ大局的に明治憲法の制度的・構造的要因を指摘していました。曰く、実は一元的責任集中していないとのこと。逆だと思っていましたが。

 

個人的には、より現場に近い組織で、改善がなされなかった原因・理由の方が気になります。例えば古参兵によるいじめを年若い上官が見て見ぬふりをしたこと。今でいえば、海外拠点での古参のやり手ベテランの些細な不正を、年若い駐在(彼も収益プレッシャーが厳しい)が見て見ぬふりをする、みたいに読み替えできるかもしれません。

 

そのほかにも、なんで? 意味あるの? 何のために? みたいな、読んでいて?が消えない悲しい状況描写がたくさん。意味不明の戦争だ、という印象が読み進むにつれて強くなります。

 

圧倒的劣位にため息

また、軍備の立ち遅れについての記録もあります。よくもまあ戦争を開始・継続したなあというため息でいっぱいになります。二つほど申し上げます。

先ずは馬の使用。日本軍は東南アジアへ進攻していたものの、馬は暑さに弱いらしいです。当然の事ながらヘタって馬が死んでしまう。爾後はとうぜん、人力で運ばなくてはならない。体重対比の最大荷重量(35-40%)があるそうですが、日本軍は体重と同じ量を運ばないといけない兵卒も居たそう。ちなみに当時のトヨタは粗悪であったそう。米軍はフォードの運搬車と戦車で戦っているときに馬のち竹やりですよ。戦いになりません。戦争以前の力量差。

もう一つは通信技術の軽視です。米軍が無線通信に力を入れ、ハンディートーキーを開発しているさなか、日本軍の現場では無線はおろかあっても有線。そして有線は爆弾一つで一瞬で途絶。さらに戦争末期には伝書鳩を使っていたそうです。鳩ですよ鳩。

 

現代の感覚だと、なぜ早急に戦争をやめなかったのか、という話です。

 

おわりに

ということで吉田先生の書籍でありました。

戦争の本としては、末期に焦点を当てた、そして現場の声を集めたという点が良かった気がします。

私も現実に不満不平はありますが、読後はまったく自分の状況はマシだと思いました。作中の状況は、一言でいえば、不条理の極北、であると思います。

戦争の記録の集成としても貴重ですが、なぜ状況が放置されたのかと疑念が止まらない読後感でした。『失敗の本質』を再読したくなりました。

 

評価 ☆☆☆☆

2024/01/05

常識を覆す(非常識!?)な聖書解説 |『絵画で読む聖書』絵画で読む聖書

皆さん、こんにちは。

先日からやるやる言っていた今年の振り返りですが、お見せできそうにありません。このままいきますと、有限不実行という最もだらしのない結末に。我ながら忸怩たる思いであります。

振り返るには振り返りました。ただ、もう量が膨大になり、見直しと編集が必要。これをヨソサマにお見せするには更に相当の時間がかかる、新年まで間に合わないと判断しました(新年までに自分の振り返りを終わらせ、来年の課題を設定したいので)。

 

時間があるとか言ってなぜ出来なかったかというと、先日読み終わった「メモの魔力」で自己分析を進めていたからです。いやあねぇ、これがまた1日3、4時間かけても全然進まないのです。そして面白い。

強制走馬灯かのようにメモを書きながら幼少期から新婚期、子供が生まれて移住するとか、いろんなことを思い出しました。なんだか本当に自分がひどい奴で、精神的にも成長なくって、悲しくなって涙目になりっぱなしでした。

(それを認知できるのはショックである一方、今更に目から鱗なのですが)。

 

また、部屋の整理の途中、貴重品箱をほじくり返していたら、12年前の未来図・夢の設計図みたいなのが出てきました。これもついでにお話させてください。

当時36歳。37歳でこれこれ、38歳で年収幾ら、とあり、45歳までイケイケで成功していく足取りの予定が書いてありました。

なんと、一つも時間通りに成就しておりませんでした

恐ろしい。この12年、何をしていたのでしょう。振り返らない目標が意味をなさないという反面教師であります。

 

さて、本題の本の方です。本日はキリスト教と美術に関する本であります。すごい本でした。

 

 

概要

本作、聖書の解説ですが、なぜだかナゴヤ弁で展開します。また、筆者独自の「行間の読み」がすごい。聖書の理解!?が進みます。お下品すぎて吹きます笑

 

行間の埋め方がえげつない!?

宗教の聖典を読んでいてどのように対峙すればよいか戸惑ってしまうこと。奇跡であったり、進行が突飛であったり。このあたりの解釈が、本作は良い意味で下品かつ印象的であります。

 

例えば、旧約でアブラハムが一族とエジプトへ渡る際、ファラオに「妻」のサラを「妹」と説明したというくだり。

氏の読みでは、アブラハムは一族の長、財産持ちであり、羊も多く持っていたはず。それを差し出すのは言わずもがな、付け加えて古女房を妹と偽ってファラオの人心御供にしたという。つまり、安全確保。確かに、女を差し出しても「妻です」なんて言ったら受け取ってくれないわな。

ただし、スタート地点のハラン(トルコ・シリア国境付近)を出立したとき、アブラハム75歳、サラ65歳。氏の推察だと、ある程度年齢を割り引いたとしても、使い古しを押し付けられて、ファラオは怒り心頭、アブラハムを追放したとのこと。私がファラオでも切れます。

 

聖母伝説にも触れています。

エスの母はマリアですが、マリアの父母がアンナとヨアキムと言います。実はこのヨアキムが「たねなし」(本文まま)であった。お金はあったそうだが、神殿に供物を二倍お供えしようと試みるも断られたという。なんでも、掟では、イスラエルに子孫を残さないものの供物は拒絶されるそう。打ちひしがれたヨアキムは荒野を彷徨い40日間の断食に入る。そしてこの間にアンナは孕んだ。筆者は当然のことながら「疑おうと思えばいくらでも疑えるが」と、どうにもそちら側を教唆?しているようにも思えます笑

 

とまあ、このような調子。我ながら、恥ずかしいのですが、下衆な展開は覚えちゃうんですよね。

これ以外にも、なんというか、不可解・不可思議な点は、下ネタ的観点から現実的に読み解くというスタンスであります。印象が強く残ります。

 

そういえば絵画の解説でした

題名にもありますが、絵画の説明。

こちらも面白いです。頭に残っちゃいます。

一例として、ウフィツィ美術館に収蔵されている「イエスの洗礼」の解説。

 

g.co

 

もともと洗礼(Baptisma)はギリシア語の「水に浸す」という意味からきているそうですが、イエスが受けた洗礼はヨルダン川に蹴落とされて溺死寸前になったところを引き上げる、非常にきついものだったとか(文字通り「生まれ変わる」)。

筆者のご母堂も洗礼を受けたときは本栖湖に白装束で全身を沈められたとか。なんていうエピソードを読みつつ絵を見ると、絵のことは記憶に残りますね。ある意味世界史の美術史部分大作になるかしら。

 

これ以外にも新旧聖書をモチーフにした作品としてプラド美術館収蔵、ウフィツィ美術館収蔵の解説が本作多数掲載されています。もしかの地かの美術館にいかれる方がいらっしゃるならば事前に読まれると一層旅行が楽しいものになる可能性があります。

 

聖人解説がよい

もうひとつ。

本作巻末に僅かですが(二段組で50ページ強)、主要な聖人の名前、由来や背景、起こした奇跡、誰の守護聖人か、そして絵画に書き込まれるときの特徴、などが解説されます。

欧州に旅行されるとき、聖人をモチーフにした絵画が沢山あると思います。日本人にはキリスト教はなおのこと、聖人は更に縁遠いと思料します。ここを読んでおけば(あるいは持参して辞書がわりにすれば)どういう聖人なのか確認して絵画を楽しむこともできましょう。

なお、聖人っていうの、政治的にバチカンのお偉いが認定した、サーティファイドお偉いさん、です。

何しろ新旧に出てきませんし、いまいち外道にはピンときませんよね。

 

おわりに

ということで中丸氏の枠にはまらない聖書解説、聖書絵画解説でした。

他の作品を読んでどうも良く分からない、でも分かりたいという方にはお勧め。常識を覆す(ある意味非常識!?)な聖書解説であると思います。

聖書に興味のある方はもちろん、美術史に興味のある方は読んでおいて損はない作品だと思います。

 

評価 ☆☆☆☆

2023/12/29

今年一番のインパクト。インド独立と民族浄化、英国の立場やインドの未熟さ。全部知らなかった |  “Freedom at Midnight” by Larry Collins & Dominique Lapierre

皆さんこんにちは。

久しぶりに英語の本を完読しました。我ながら驚きますが7/1から読んでいます。むぅ、ほぼ6カ月です。

自身の健康問題だったり、仕事だったり、旅行だったり(「これで人生最後かも」の気持ちでして)、まあ落ち着かないというのはありましたが、大分かかりましたね。

 

でもこれは、今年一番沁みました。もう英語ができる方には全員に読んで欲しい。自分、まだまだ歴史を知らなすぎ。悲しさと感動に包まれました。

 


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はじめに

独立前後15カ月のインドを詳述する力作。

民族の憎しみの連鎖、マウントバッテン卿の苦悩、インド首脳たちのいがみ合い、ガンジーの頑固さ、ガンジー暗殺を企てる狂信者たちの未熟さ、全てが息づくように刻み描かれる。

 

・・・

インドについては多少知っている知っているつもりでした。

人口が多い、ヒンドゥーキリスト教の起源、加えてムスリム人口も多い、貧富の差や腐敗、コモンウェルスで英国の植民地だった、等々。

しかし、本作を読めば如何に自分がなにものをも知らないことに愕然するはずです。

 

本作は、WWII後にマウントバッテン卿(英国)が時の首相アトレーによりインドへ派遣され、インド独立(英国撤退)を施行するまでのおよそ15カ月間の様子を詳述するものであります。

 

人と人の憎しみあいの凄惨さ

いやあ、何から書けばよいのだろう。

とにかく色々ぶっ飛んでいたのですが、600ページにも渡る大作で最も印象的であったのは、インドおよびパキスタン独立後、パンジャブ近辺で発生した民族浄化ともいえる殺し合いの描写です。

パンジャブ(現インド領)もパキスタンもそもそもはインド。しかし独立後、虐殺を恐れたムスリムは国境を越えパキスタン側へ。同様にパキスタン側にいたシーク、ヒンドゥはインド側へ。

そのままパキスタン側居所へ残るシークの首を片っ端から切り落とすムスリムパキスタンへ逃れようとするムスリムを片っ端から取っ捕まえて、股間の割礼を確認したらモノも首を切り落とすシークの暴徒。そんなのばっかり。

命からがら電車でパキスタンへ逃れるムスリムは、結局目的地までたどり着かず、目的地に着いた頃には電車は屍体の山と血の海だった。とか(駅員が非ムスリムだった)。

 

このようなことが国境沿いで頻発し、これを見た英国兵がWWIIでもここまでひどくなかったとか。10万単位以上で、もともとが隣人同士で殺しあう異常さ。呆然・愕然とする以上に、実に悲しくなる話です。

 

引き裂かれる愛の物語

このような凄惨さのさなかで唯一息を継げる瞬間が、シークの貧農ブータ(Boota Singh)とゼニブ(Zenib)のお話の間でしょう。

殺戮から逃げるムスリムのZenibはBootaの扉を叩き助けを乞う。追ってきたヒンドゥの暴徒はBootaにZenibを差し出すよう強要。そこでBootaはZenibを1500ルピーで「買う」。

シャイで無口、天涯孤独の初老のBootaは急場をしのぐ為こうせざるを得なかった。しかし、やがて年の差の男女に情がつき、本当の夫婦となり、娘を得る。

 

数年後、相続権で劣後したことに気づき怒ったBootaの甥の一人。彼はZenibが元難民(元パキスタン近辺在住)であったことを当局に通報。当局はZenibをパキスタンに送還してしまう。

 

どうしてもZenibを取り返したいBootaはパキスタンへのビザを申請し(のち却下)、ムスリムに改宗しパキスタン行きを申請し(のち却下)それでも埒が明かない。とうとう幼い娘とパキスタン密入国する。

何とかZenibを見つけ出すも、なんと親族とZenibは既に婚姻させられていた。そして早々にBootaは警察にとらえられ裁判にかけられる。

裁判官はたってのbootaの願いから、試しにZenibにBootaと婚姻関係を続けたいか、娘を引き取りたいか、と問うシーンは感涙。現夫や親族に囲まれた衆人環境でYesとは言えません。Zenibは涙ながらにNoと言わざるを得ません。

強制送還となるBootaは、もし自分が死んだらZenibの村に遺体を植えてほしいとの言伝を残し、娘とともに送還されるべき電車へ投身自殺。

娘は奇跡的に生き残るもBootaは肉片散り散りとなる。遺言通りZenibの住む村にBootaの遺体が運ばれるも、Zenibの親族は断固拒否(Zenibの母親等親族のほとんどがインド人によって殺戮されていますし)。結局、篤志家のムスリムらによってZenibの村とは違うところに手厚く葬られたそう。

 

こうしたお話は数えきれないほどあったのだろうと思います。貧農の土地を相続できないくらいで悪意を露出したインドの貧しさ。またZenibを暖かく包んだBootaをひとからげにインド人憎しと許せなかったZenibの親族。

キレイごとだけでは何も解決しませんが、ただただ、悲しくなるお話です。

 

その他もろもろ

上記の二つの話がインパクトが強く、他の主力級のトピックの影が薄くなってしまいました。

まず、マウントバッテン卿の行動力。英国王室にゆかりのあるサラブレッドの華麗なるリーダーシップの数々。奥様とインド初代首相となるネルーとの間に関係があったとかなかったとか。独立直後の混乱時、旧友たるネルーらのためにひと肌脱ぐ姿は颯爽としています。

 

そしてガンジーの非暴力と融和、勤労を説く姿。絶食による抗議で独立後の民族融和を一部で成功させるその熱意、他方で失意。これらがありありと描かれます。その後暗殺される。暗殺チームのそれぞれの描写も細かでありました。

 

それから、独立によりすべての権利をはく奪された多くのマハラジャたちのハレンチな(極端な)日々。娼婦を100人単位で抱えるとか、その子たちに好みの服を着させるのはもちろん、一部整形手術すら受けさせ、というより宮殿に整形医師を住まわせる、とか。

 

もうそんなこんなで驚くべき状況が詳述されているわけです。良くも悪くもAmazing Indiaでありました。

 

おわりに

ということで、本年の読書で一番のインパクトでありました。

上記、大分だらだら書いてしまいましたが、ほんの、ほんの一部のご紹介です。

翻訳、出ていないようですが、是非多くのかたに手に取っていただければ幸いです。”VICERO’'S HOUSE”という題名で映画化されているようですが、内容のショッキングさをどこまで映像化できているのかは不明であります。

 

評価 ☆☆☆☆☆

2023/12/22

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貴重なお時間を頂きまして、有難うございました。

普及している食材が持つ数奇な歴史をつまびらかに。 |『世界史を大きく動かした植物』稲垣栄洋

皆さんこんにちは。居所に戻りました。

 

50手前にして部下なるものを持ちました。

ところがこれがまた、思うように動いてもらえません。ほぼ未経験ながら人柄を見込んで知り合いを採用してもらったのですが・・・。

一番困るのが、「AとBの数字が合いません」とか「うまくいきません」とかその手の会話。内容は100%理解していなくても仕方ないし、ミスも全然問題ないのです。想定内。ただ、「じゃあどうして数字が合わないのかね?」「何がうまくいかない原因だと思う?」という問いへの答えも用意したうえで会話して欲しいんですよねえ。高望みかしら。結局そういう会話をして、相手が困って黙ってしまうのですが。

実は私はそれ以下のへぼでした。ミスばっか。自分で作業したのに自分で何をやったかわからない。結局聞く。その都度メンターから「あなた時間泥棒ですよ。罪深いと思いません?」などとディスられて!?いました。

 

ということでついついイライラしてしまうのはよろしくない、と、アマゾンで部下の育て方的な本を数冊ぽちりました。早く届くといいなあ。

 


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はじめに

娘が中学生だった時に教科書で見知った稲垣先生の著作。

植物が専門ですが、これを世界史と絡ませたオッサン好みの仕上がり。ライトな蘊蓄好きにはたまらないでしょう。

 

食物(植物)の由来と世界史

タイトルにもある通り、本作は主に食物(植物)を取り扱います。

やや劇的なタイトルではありますが、確かに歴史にインパクトのあった食物がフィーチャーされています。

 

列記しますと、コムギ、イネ、コショウ、トウガラシ、ジャガイモ、トマト、ワタ、チャ、サトウキビ、ダイズ、タマネギ、チューリップ、トウモロコシ、サクラ、となります。

 

当然の事ながら圧倒的な植物についての知識量

何が良いかというと、やはり稲垣先生の徹底的な植物好き、植物に関する深く広い知識が面白くてよいですね。

植物の生態だったり形状だったり進化の理由とかを説明しちゃう。そしてそれがまた非常に合理なのでついつい「へぇー」となる、という感じです。

 

例えば、イネ科の植物について。イネ科の葉は全般に繊維質が多く、消化しづらいそうですが、これは葉っぱを食べられにくくするためだそう。また成長点が地面スレスレにあり、それより上の茎が動物に食べられても成長点から再び生えてくることが出来るそうな。

って、世界史とは関係ないのですが、こういう「ちなみに、」的な話の方が印象深かったりします笑

 

こうした実った種は、単なる食糧であるに留まらず、将来の収穫を約束してくれる財産、分配可能な余剰、富ともいえるとし、貨幣経済の黎明とも連結していることをほのめかしていらっしゃいます。これまた「大きな」はなしなのですが私はこういうのが好き。

 

それから、農業についての逆説的な説明も面白かったですね。

農業は重労働で、食物が豊かなところでは行われないという話。例えば稲作は弥生時代に九州に伝わり、東海地方まで瞬く間に広がったとされますが、東北地方にはあまり広まらなかったそう。これは稲垣先生がいうには「縄文時代の東日本は稲作をしなくても良いほどゆたかだったから」(P.35)とのこと。

東日本では西日本の10倍の人口密度があり、それを賄える豊かな食物が自然の中で手に入れられたとのこと。確かに東北や北海道に多くの縄文時代の遺跡がある話を思い出しました。

 

なお上記イネについての話が印象に強かったのですが、それ以外にもピーマンとかトウモロコシの話も面白かったですね。

 

おわりに

ということで稲垣先生の著作でした。

途中、あっという間に終わってしまう章もあり、何だか編集者に乗せられて書いたのか?みたいな素人の勘繰りをしてしまう所もありますが、植物についてはどれも詳しく、面白かったです。

故に、広く浅くで読むのには丁度よい書籍かと思います。

 

逆にもっと深堀りして歴史の移り変わりを知りたいかたは、よくある「〇〇の歴史」「○○の世界史」みたいな本を購入されたらよかろうと思います。

 

食べ物好き、うんちく好きにはお勧めできる一冊。

 

評価 ☆☆☆☆

2023/12/17

世の中はディストピアに向かいつつある!? |『無理ゲー社会』橘玲


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夜行列車にはなんだか修学旅行的な雰囲気がありました。車掌さんによるベッドメーク中。

 

皆さんこんにちは。

バンコクのBang Sue中央駅から夜行列車で国境のPadang Besarへ、そして国境を越えた後、マレーシアのButterworthという街へ来ました。ここまでで約24時間。夜行列車は学生時代に北海道で乗って以来30年ぶりでした。家内は初めてとのこと。

 

今回はそんな移動のさなかに読んだ一冊。

橘氏の作品は証券会社時代に数冊読んで、こりゃ一般の金融の人より詳しいわと思っていました。

今般Kindle Unlimitedで最近の作品を読みましたが、さらに冷徹で鋭い視点で社会を見つめており、ちょっと暗澹たる気持ちになりました。

 


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ひとこと

いやあ、強く響きました。本当にこんな未来でよいのか。

 

ほんの一回の通読であり十分咀嚼しきれていませんが、誤解を恐れずに要旨をまとめれば、

自由でリベラルな社会が(多数にとって)ディストピアを生む

という事なのだと思います。

 

何が「無理ゲー」か

筆者は冒頭で、1970~80年代生まれの所謂就職氷河期の方々(まさに私!)の生きづらさ等を例にあげて、彼らの苦境をどうやってもクリアできないゲーム、いわゆる「無理ゲー」にたとえます。

その「無理ゲー」に放り込まれてしまった現代(日本)人は「競争の条件が公平ではないと感じ」、そして「競争の結果は受け入れるとしても、自分がその競争をさせられているのは理不尽だと考え」(P.227)ているわけです。

 

・・・

私も子供たちには「自分の好きなことを見つけなさい」「やりたいことが見つかるといいね」などと始終口にしてしまいますが、その実、自分だってそんなの分からなかったし、今だって50代を前にして「自分にピッタリの他の道があるかもしれない」などと(ほんの少しだけだけど)思ったりもするわけです。

 

何が言いたいかというと、自分らしく生きるなんてことは、世に出ている社会人にすらできていない(ことが多い)。それを棚に上げて若者たちを追い込んでいる大人がいると。

 

リベラルな日本社会では、まさに「リベラルな社会で「自分らしく生きられない」ひとはいったいどうすればいいのか」(P.21)という疑問を突きつけるわけです。

 

まあ、やりたいことなどそのうち決まるよとか、そんなもの分からないって、ていう風に斜に構えるのもありです。でも社会が(そして親も)「やりたいことは何ですか」とじりじりにじり寄ってくるわけです。こうやって名づける人が出るのも何だかなあと思いますが「ドリーム・ハラスメント」と呼ぶそうです。はあ、息苦しい。

 

社会を見れば、年功序列も崩れ、能力(やりたいこと)のある専門職(夢を叶えた人?)は高給を手にする。やりたいことがぼんやりとし、自分らしく生きていないと感じながら(自分探しのさなか)、給料も高くない人と、夢を決めて新卒から(その以前から)バリバリと夢を実現させた人の差、これを自己責任とする。そしてそんな競争から逃れる術はない。これぞ「無理ゲー」、というわけです。

 

リベラルと性愛獲得の困難さ

更に、リベラルな社会は性愛獲得(恋人・パートナーの獲得)にも響くとします。

男性は競争し、女性が選択するという構造は変わらないでしょう。でもこうした「需要」と「供給」のマッチングは崩れ、いびつなものになる。所謂モテる男性に人気は集中し、多くの「非モテ」が発生する。モてる男性に一極集中し多くの非モテがあぶれる状態、筆者はこれを「事実上の一夫多妻制」(P.132)とすら表現しています。

 

かといって女性とて楽ではなく、男性からすると生殖能力の高い若くて美しい女性に価値がおかれる。そのため、年齢とともに年齢とともに恋愛市場から脱落し、また「よい男を射止めるため」の激烈な競争に女性は放り込まれているという。

 

いまや、親や共同体がお見合い相手を連れてきてくれることもない。またそうしたものを自分らしい、と感じられることもない。一人でも楽しいと人生を歩むことになるかもしれないし。一人で生きることに「自分らしくない」と鬱々と暮らすことになるかもしれない。

 

いずれにせよ、どの状況も、リベラルな社会では「自己責任」という事になる。

 

因みに、「自分らしく」生きたい女性が増えると男性は一層性愛事情では困難になるという。なぜならば女性にとって結婚はデメリット以外の何物でもなく、キャリアは分断され、子供を産んでも離婚されれば慰謝料の支払いは滞り、貧困に追い込まれる。ならば女性は「金の亡者」なのではなくロジカルにステイタスの高い男を選ぶ場ざるを得ないということになる。

自分探しを続けるなかで金銭的に恵まれない男性は、結局女性にあぶれることになる。当然人口減少は起きるし、国としての活力は落ちてゆくと思われます。

 

格差修正の手段

では、こうした状況を打破することはできるのか。

自由主義、資本主義の現在の世の中。これを現体制を否定することはあまりにも享受してきたメリットを否定することになるとは思います。

 

ここからは制度の修正・調整の話になりますが、このあたりはちょっと良く分かりませんでした。

例えば、ベーシックインカムは取り上げられていましたが、働く意欲を削ぐかもとの話。また負の所得税は働くモチベーションをそこまで削がずに基本的な収入を保証するもの。

政府による雇用保障や職業の割り当ても検討されていますがに、個人の納得感(「自分らしさ」「誇り」)を付加することが出来るかは不透明。確かにです。

 

この後、議論は相当度に膨らみ、資本主義からAIを使った共産主義、みたいな話になります。ロジカルに考えるとそれがよかろう、みたいな話らしいです。このあたりはもっと勉強しないと議論についていません。

 

おわりに

ということで橘氏による刺激的な作品でした。

なんとも暗澹たる気持ちになる作品でした。ただ、部分部分で頷くところが多く、これからの子どもたちにどういう社会を残していくべきか考えねばなあと感じました。

政治家はどう考えているんでしょうか。

 

今後の社会の在り方に憂いを持つ方には是非読んで欲しい作品です。

 

評価 ☆☆☆☆

2023/12/16

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