のっけからの驚きのスタート。
「父さんは今日で父さんをやめようと思う」
春休み最後の日、朝の食卓で父さんが言った。
中学教師だった父は「父さん」をやめて予備校生となる。いいんじゃないと事もなげに受け流すのは、高校までは神童と呼ばれた、超マイペースな直ちゃん(兄)。家出をして一人暮らしをするも、ちょいちょい家に帰ってくる母も反対しない。こうした家族を淡々と、そして突っ込みを入れつつ見守る「私」(中学生)。
ありえないからこそ羨ましく、そして楽しめる。でもその後重苦しい。
この作品、面白かった! 主人公の私は中学生だからいいけど、ほかの家族が子供っぽい割り切れなさを残しつつ生きており、それがユーモラスに描かれている。現実の我々は「父さんやめる」などとは気軽に言えないし、うちの嫁だって家出して一人暮らしをしつつ家に遊びに来るなんてしません!できません笑 多くの人が「やれたらいいなあー」と羨むような、竹を割ったようなストレートな行為を、出てくる人がホイホイやってくれるところが読んでいて気持ち良い笑
人物の会話も小気味よく、シンプルな情景描写と相まってぐいぐい読ませます。
ただし、読むに従い、この不思議な家族の背景が徐々に明らかになります。自殺未遂を起こしていた父。それを発見した私。自らを責め家出をした母。現実と真剣に対峙することをやめてしまった兄。父を救ったことで、一番若い「私」に皆が気を使う。
そう。この家族は単にユーモラスなのではなく、むしろあと一息のところでようやく崩れずに保っている崩壊途中な家庭に思えます。この危うい家族ですが、主人公の「私」が中学・高校へと進学し成長するに従い、少しずつ回復してゆきます。
ところが最後の最後で、「私」の身には想像もできない不幸が降りかかります。しかもクリスマス。ただ、それがきっかけなのか、壊れかけた家族は徐々に家族に戻りはじめ、機能し始めます。
人生の辛さを考える
教訓じみたことも言いたくないけれど、この作品を読んでいると、人生の要諦とは、苦しみつつも「受け入れる」「受け止める」ことなのかな、と思ってしまいます。
物事に対しシニカルになり、それを避ける草食系では足りない(気持ちはわかるぞ。これ以上傷つきたくないのだ)。あらゆるものに意味があるなどと、ポジティブ全開な様子も受け入れ難い(松岡修造になれたらいいよね)。人生はやっぱり苦しいことが多いし、でも楽しいことや有難い気遣いを頂くこともあるわけです。時に、苦しみは我々を圧倒することもあるけど、それを受け入れ、消化し(いやこれが難しいから感情もブルンブルン動くんだけど)、なんとか生き抜く。あわよくば成長する。こういうのが人生なのかなあと、ひとりごちてしまいました。
おわりに
本作は、息子の高校受験用の過去問でたまたま見かけた作品でした。今回通しで読みましたが、実に気に入りました。胸に沁みました。
不思議なユーモア感が常に流れるなか、家族という皆に必ず関連するテーマが主題となっていること、加えて前向きな結末。この作家さん(瀬戸まいこ氏)の他の作品も是非読んでみたくなりました。
中学生くらいから、大人まで読める本です。皆さんも読んだら何か感じるのではと思います。うちの子供たちにも是非読ませてみたいと思いました。
評価 ☆☆☆☆☆
2020/12/12