人間は思った以上に合理的ではないという言説は最近つとに聞くようになった気がします。その言説を学問として裏付ける行動経済学は、人間の非合理がシステマティックに、そしてロジカルに働く様を明示していたりします。
私もそんな人間の非合理さに深い興味を持つものでありまして、昨年はダン・アリエリーの「予想通りに不合理」「ずる 嘘とごまかしの経済学」を読んできました。
そして今般、もう少しこのカテゴリを読んでみようかと、行動経済学でノーベル経済学賞をとったカーネマンの本を読んでみた次第です。内容が濃すぎるので上下巻一冊ずつ振り返ります。
頭の中に二つの自我:早い思考と遅い思考
本作のアイディアの白眉は、その題名にもある早い思考、遅い思考という二通りの判断ロジックが人間の中にあるという設定であると考えます。
早い思考は、その名の通り、暗黙知的に周囲の状況から危険を察知し、本人に行動を促したりします。勿論、この思考は数えきれない経験から危険な状況のパターンが無意識的に理解されている結果であります。
他方、遅い思考は、これまたその名の通り、立ち止まって判断する所謂「理性」のようなものとして扱われます。発言に論理が通っているかとか、計算問題の見直しとか、意識して物事の真偽を確認する場合の思考方法がこれであります。
で、この二つの思考にはちょっとした癖があって、遅い思考は怠け者で、なかなか表に出たがらない笑 そのため、通常は早い思考が意思決定やものごとの認識に際して幅を利かせます。そして本書では、その「早い思考」が結構失敗する、ということを例証しています。この二つの思考の癖や「あるある」を、プライミング、アンカリングなどの心理学上の概念を交えて確認してゆくことで、さらに議論の幅が広くなっているように感じました。
悪い考えがむくむくと・・・
こういうものを読んでいると、へーという驚きとともに、掲載されたロジックを使ったらうまいこと人をコントロール出来るんではないかというよこしまな考えも出てきてしまいます(しませんけど笑)。実際、こうした心理学セオリーのいくつかは経験則として既にマーケティングに使用されているような気がします。
私が株屋でどぶ板営業をしていたとき、よく「まず5000万から提案しろ、さもないと1000万の注文も取れない」とよく言われました。私はどうしても家とか外見とかで懐具合を判断してしまいますが、上司は人の金の有無は外見から判断できないし、そこは判断できない前提でアンカリング効果を狙ってそう諭したのかもしれません。よくわかりませんが。
翻訳が恐ろしく読みやすい
さて、じつは内容よりも密かに驚いていたのは、その翻訳の読みやすさです。きっと原書も面白いのでしょう。でも、翻訳、しかもノーベル経済学賞受賞の方の本がこんなに面白く読めるとはいったいどんな翻訳家なのかと。村井さんとは何者か、非常に気になってしまいました。
https://toyamaob.org/pdf/2020_chiba_murai.pdf
東京のトップ都立高校の一つのご出身のようですね。上記の記事では翻訳の面白味を存分に語っていらっしゃいます。
おわりに
ということで、カーネマンの作品に手を出してしまいました。
人間って全然合理的に判断できないし、一定の条件の下では実にロボットかのごとく間違った判断をするようです。筆者が繰り出す数多くの事例を見ていると、人間って結構機械だなあと思いました。
どうも私は、人間は多様で複雑で計算できない動物、と思いたいのか、読後になんだかちょっぴり残念な気持ち?になった読書体験でありました。
評価 ☆☆☆☆
2022/12/13