海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年はセカンドライフとキリスト教について考えたく!

米国下層労働者階級の終わらない悪夢 | 『ヒルビリー・エレジー』J・D・ヴァンス 訳:関根光宏、山田文

米国というのは実に不思議な国であると思います。

GDP世界一を誇りながら、その実、貧富の差も相当激しい。2021年のOECDのジニ計数ランクでは世界第5位(なお日本は世界11位)。

起業やイノベーションが次々と発生する一方、貧困・暴力・麻薬・離婚などの問題は一向に収まる兆しがありません。

 

そうした中でThoughts and Notes from NCの方(id:ktdisk)のブログで紹介されていた本作。氏は米国在住で、いつも肌感覚に基づく鋭い意見を述べてくださっており、興味深く読んでいます。

ktdisk.hatenablog.com

 

ということで私もぽちって読んでみた次第です。米国の貧富の差、根が深いですねえ。

 


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ヒルビリーとは?

ヒルビリーという単語がそもそもわかっていませんでした。

よく使う英辞郎というウェッブ辞書を見ると、「山岳住民」「田舎者」とあります。私は後者の意味でぼんやり覚えていましたが、本作の内容からより正確には、アイルランドスコットランド系のアパラチア山脈付近に定住する白人労働者階級、という階層の方々ということで理解しました。

 

では本作はそうした階層へのエレジー(哀歌)とは何かというと、この階層の悲惨さややるせなさ、貧困や無気力のスパイラルについて描いているものです。実際には本作は、筆者のサクセスストーリーといってもよいでしょう。ただし、それは厳しい環境から奇跡的に起きたものであり、何とか這い上がれた自分とほかの周囲との違いがほとんどないこと、そしてまた自己の周囲にある悲惨がまた繰り返されることも暗示しているようでもあります。

 

社会的資本・コネクションの欠落

印象的だったのは、それまでに筆者が知らなかった『(海兵隊員としての、大学生としての、イエール在学生としての)あたりまえ』を教えてあげる人・コネクションがヒルビリーには圧倒的にかけているという事実です。

ちなみに『あたりまえ』は『面接のときは海兵隊のアーミーパンツでいかない』というごくごく初歩的なことも含みます。

 

繰り返される養父の変更(母親の結婚離婚)やそれに伴う引っ越し等、落ち着かない家庭環境にあり勉学などやる気もなかったところから、祖父母の絶えざる慈愛をうけて何とか高校を卒業し、その後海兵隊へ入隊、除隊後はオハイオ州立大学へ進学、その後イェールの法科大学院を卒業したという筆者。とりわけイェールでの学業・就職活動ではコネクションによる情報提供やメンタリングがあるものの、本人は全くそうした社会的資本を持っていなかった為に非常に苦労したと語っています。

 

この社会的資本やコネクションの欠落は、ヒルビリーである筆者や、ヤク中になったり貧困にあえいでいた友人たちにも同様のことが言えます。どのように這い上がればよいかを伝えるコネが圧倒的にかけているのだと思います。というのも、少しでも上層に上がれる余裕がある人は、まずは引っ越しをしてその地域を離れてしまうからです。

 

愛情、安定、家庭環境、これらは強制できない

では色々知っている人が傍にいればそれで事足りるかというと、それもまた違います。過酷な環境にいる子供たちを鼓舞する・守る大人が必要なのです。

本作ではその役目は祖父母でありました。でもこれは政府のお金云々ではどうにもなりません。『愛をもって家庭を守ろう』などとたわごとを言っても個人主義の昨今、響くものでもありません。

 

ましてや成人年齢が精神年齢ではないことも問題をややこしくしています。ヒルビリーではなくても、私だって結婚して子どもをもってもまだ自分が子どもだという気分が抜けませんでした。自分がやっと大人に近づいたなと感じたのはマジで最近です。つまり、子どもが子どもを育てているようなものです。だからこそいろいろな面で支えてあげる大人が必要になります。

 

筆者の祖父母はその点、移住・引っ越しした核家族であり、周囲の手助けのなさが家庭環境を冷たいものにし、スパイラル的にその子どもたる筆者の母に影響したと考えているようです。

ただそれだと日本はかなり核家族化していますよね。共働きが増加している昨今、日本の方親家庭は本作のようにスパイラルの入り口にいる可能性はあるかもしれません。心配です。

 

おわりに

ということで、米国下流社会の作品でした。家族の大切さを痛感しました。

本作はトランプ大統領当選時に話題なったそうで、彼のような単純だけど響くメッセージが『ヒルビリー』受けしたということのようです。

でももしそれ程にヒルビリーの影響が大きかったとすると、そのボリュームが大きくなったことにこそ驚きがありそうです。

改めてアメリカという国の不可思議さに驚きつつ、興味が湧いた次第です。

 

本作、米国のエスニシティに興味があるかた、格差社会に興味がある方、等々にはおすすめできると思います。

評価 ☆☆☆☆

2023/05/27

 

先般読んだ下記の作品も、くしくも米国の白人下層社会老人の話でありました。

lifewithbooks.hateblo.jp

米国の格差の悲惨さという話は以下でもビビッドに取り上げられておりました。

lifewithbooks.hateblo.jp

 

 

貴重な時間をいただき、ありがとうございました。

 

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