海外オヤジの読書ノート

中年おじさんによる半歩遅れた読書感想文です。今年もセカンドライフ等について思索したく。

総論賛成、だけどなんだかモヤモア |『あやうく一生懸命生きるところだった』ハ・ワン、訳:岡崎暢子

皆さん、こんにちは。

 

日本で子どもたちを引っ越しさせ、そちらと実家とで二拠点一時帰国中です。

新しい住まいは私の友人ブックオフが手頃な場所になく、本の調達が出来なくてちょっとストレスたまり気味。

 

子どもたちの学費のピークに、畳みかけるように出費の嵐で、キャッシュフローは当然の大赤字。というより、海外アジア・ローカルで働く私はボーナス時期以外は基本赤字、ギリギリとんとんで済むかどうかというのが通例ですが…。

 

ということでまた湿っぽい話になりました。

本題に参ります。

ひとこと

韓国発の、「肩の力を抜いていこうよ」的なエッセー。

でもわたくし的には不発でした。

 

肩の力を抜く?

筆者の言わんとすることは分かる。総論賛成であります。

 

努力は必ずしも報われるわけではない。人生は他人に認めてもらうための競争ではない。人生の正解はない(一つ、というわけではない)。学校は「頑張る」方法は喧伝するのに、「諦める」方法は教えてくれない。やりたい仕事など分からないもの、適性は向こうからやってくる、それまで人それぞれの方法で仕事をこなせばよい。人生は成果ではなく、プロセスを楽しむもの等々。

 

でも、なんでしょう。頑張るのは駄目なのかな?

まるで一度恋愛で失敗して、以降「異性とはだますものだ」と羹に懲りた精神で、努力を全否定しているようにも見えます。そしてゆるーく、ややシニカル目にゆったり構えるみたいな。

 

氷河期世代の私も、海外で出稼ぎをして何とか息をしている昨今、出世も望めない状況でジレンマはありますよ。頑張ったって昇進できない(ポジションは駐在のためにある)。上司は7-8歳も下の子(これは慣れた)。同年代の拠点長は自分の数倍も収入を得ている(数字を見るポジションだからわかっちゃう)。ちなみに言うと大学がおんなじだったり。この彼我の差は何なのか。

 

「カバレッジ拡げるので昇進させてください」と上司に直談判して、あっさり断られた五年前を思い出します。

 

結果、もう身を粉にして働く、みたいなことはしません。その労働が評価されるわけではないので(だから昇進できないという説もあり)。他方で、昭和の血なのか、忙しい自分に酔ってみたい、みたいな夢もあります。頑張るって楽しくないですか? いや、やっぱり頑張りたいんです。自分の中で納得感が欲しい。

 

で落ち着いたのは、いまのカバレッジを一生懸命深堀りする・整備する、そのことは頑張る、ということ。幸い、反復的な作業が多いので自動化や効率化が適用しやすく、浮いた時間は(読書も含め)自己研鑽です。そして少しずつ納得感が出てきた。

 

ひょっとしたら、この頑張りたい気持ち・負けたくない気持ちは、自己顕示欲なのだろうな、と思います。50代になり、いい加減弱まってきましたが、それでもまだある。結構ある。あるいは(家族以外の誰かに)認めてほしいということなのかな。

 

そんな移ろうものからの評価なぞ砂上の楼閣なのにね。最後は自充なものを、自足的ななにかを得なくてはキリがないと分かっているのに。

 

そんな私からすると、筆者のスタンスは、なんというか好きだったものに振られて諦めた、みたいなニュアンスなんです。

私は諦めきれないので、むしろ欲がすっと落ちていくような、そういう解法がないものかと贅沢に考えています。仏教に惹かれるのは、なんとなく私のような欲望オヤジに素敵な解法を授けてくれそうな気がするからかな。

 

おわりに

ということで、韓国の本でした。

ある意味琴線に触れました。ので、本の感想を書かずにツラツラとやってしまいました。すみません。

 

この本、いっときブログでよく見かけました。きっと日本以上に韓国は息苦しいのかもしれない。小説も幾つか読んだけど何だか暗かったしなあ。。。

 

今が辛い人、わたし追い詰まっているかも、という人にはおすすめ出来るかもしれません。

 

評価 ☆☆☆

2026/05/14

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